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きょう、(小説 三好長慶)

近世のきのう、中世のあした。三好長慶の物語

六 巣立ちの段  ――木沢長政 天分法華の乱を画策し、三好長慶 元服を果たす――

六 巣立ちの段

 

深山幽谷を行く。祖谷から芝生への帰路である。春の暖かさはまだ感じられないが、麗らかな日差しは皮膚の奥まで通り抜けていくようだ。求聞持法の行を終え、つるぎも供回りも、一行には朗らかな安心が溢れている。何ごとかを成したということが向後の希望を想起させるのだろう。

千熊丸は、歩きながらも古老の話をずっと思い返していた。求聞持法によって手に入る叡智とはまさかこのことではなかろうかなどど、つい考えながら――。

 

古老は語る。天下を支配しているのはいまも平清盛公だ。

問う。戯れ言を。三百五十年も前に死んだ男ではないか。

答えて曰く、日本の政は清盛公が創った価値観から一歩も踏み出してはおらぬ、と。

 

暴論である。暴論であるが、逞しい説得力を有していた。

平清盛は物語では悪役だった。朝廷を恣にし、悪政を重ね、一門で栄華を独占する。やがて頼朝が東国で決起する中、熱病に倒れ諸行無常の響きを残す。この昔話の印象が強くて、史実の清盛が評価されることは稀である。源氏の天下が続き、平家の功績を冷静に語ることは憚られてきたのだ。

確かに、いまの世を創ったのは清盛と言ってよいかもしれない。公家から政治の実権を奪い、武士による天下支配を確立したのは清盛だった。平安王朝の時代、土地が生み出す生産性は徐々に高まり全国に地侍が誕生するとともに、豊かな土地を巡る争いが増加した。こうなると公家による統治は困難である。武力に加え、土地経営の実務力を有する武家はまさに時代の変化に合わせた政の担い手であった。

平家も源氏も元は皇族である。その平家あるいは源氏を棟梁に担ぐことで、武士は権威と正統性をも手に入れた。貴人の外戚になったり官位官職を得たりという活動も、権威の更なる向上に繋がった。頼朝の時代以後は、征夷大将軍という令外官がひとつの象徴になっている。

権威ある者を棟梁として掲げ、実態政治では土地を基軸に武士団による支配を行う。なるほど、そう考えれば源、北条、足利、細川と続いた武家の支配は、平清盛が創った道筋と大差ないのかもしれない。後醍醐天皇の親政が頓挫したのも、古の政ぶりがいまの実情に合致しなかったためなのだろう。

「命に限りはあれど名に限りはなし。盛者必衰は世の理ながら、平家が創った価値観はいまも世にしっかりと根付いておる。どうじゃな、若殿。何の進歩もせず延々と内輪揉めを繰り返す源氏を天下人と敬うか。取って代わりたいなどと思うか? 時代を前に進め、潔く散っていった平家人のなんと美しいことよ」

百日間の情報断ちをしていた身体に、古老の妖しい妄言が浸透してくるのだった。

 

(この話を真に受けるのならば)

天下を獲るとは、清盛が創った政治のあり方を変えるということ、歴史を次の段階へ進めるということだ。すなわち、未来の創造。男子一生の仕事として充分ではないか? 若い身体に、熱っぽい血潮が漲る。意欲が蒸気のように身体から噴出す。年寄りの与太話に踊らされてみるのも悪くないと思った。

 

  *

 

河内国若江城大阪府東大阪市)。宵闇の頃、木沢長政は密かに遊佐長教の居城を訪ねた。

長政は畠山総州家の家老、長教は畠山尾州家の家老である。共に主君の首を好きにすげ替えて、主家の実権を掌握している。そして、二人ともが四十半ばの男盛りであり、三十年来の親友でもあった。

「五十になる頃には事が成るやもしれぬ」

「ほう」

「お主と力を合わせ、互いに河内で地盤を固めることができた。なんとか成立した細川政権も、その内実はがたがたに痛んでいる。長く続いた内乱で、細川家の内衆が散り散りになってしもうたからな。三好宗三の動きにさえ目を光らせておれば、六郎の寝首を掻くのは容易い」

「そうすれば」

「うむ。公方首脳を根こそぎ捕らえ、満座の前で一人ずつ首を吊るしてやるわ。公家も同様、坊主も同様よ。長年家格だけを頼りに世を支配してきた者どもを一掃し、下種の手による政を開始するのだ。奴らの思い上がりを正してやる。くく、必ず正してくれようぞ」

「しかし細川や公方はともかく、寺の連中は未だ手強いだろう」

一向一揆の壊滅でいまや本願寺は傷を癒すのに必死。法華宗や叡山は多少厄介だが、なに、それも手は打った。じきに面白いものが見られよう。駒も石ものうなって、盤面に残るのはわしらだけだ」

「くく、ふふふ……。長政よ、お主の策略はぴたりぴたりとよう嵌まるのう」

「志能備衆が役立ったな。紀伊で潜んだあの十年間も、無駄ではなかったようだ」

長政も長教も、父や祖父を戦乱で失っている。権力者に振り回された挙句に、使い捨てられたのだ。なんとか逃れた子ども二人は紀伊で出会い、復讐を誓い合った。それもただの復讐ではなく、いまの政治構造そのものの破壊である。幼い二人にこれを入れ知恵したのは、後南朝の残党“志能備衆”だった。

南朝が滅んだ後も、志を継ぐ者たちは後南朝を名乗って朝廷や公方への反攻を続けた。一時は三種の神器を強奪したことすらあったが、近年は往時ほどの盛り上がりはない。勢力回復に向けて彼らが目を付けたのが、紀伊守護である畠山家の者たちだった。志能備衆はもともと卓越した謀略・諜報の技術を有している。こうした紀伊山地に潜む闇の勢力と手を結ぶことで、長政と長教は力を蓄えてきた。二人が京の政権を破壊すれば、志能備衆が本懐を果たすことにもなるのだ。

「では、すぐにでも立ち上がるのか」

「いましばらくは四国衆の動きを見極めるつもりだ。足利義冬の権威、細川持隆の実力は依然侮れぬ。三好千熊丸にも、どうも独自の動きがあるようだしな」

「三好元長の忘れ形見。そして、あの三好之長殿の曾孫か。不思議な縁を感じるな」

「まったくだ。それに……長かった。公方に届き得る力を得るためだけに、二十年もかけてしもうた」

「ここからは速い」

「そうか、そうだな」

長政が信頼しているのはこの男だけだった。後はすべて駒である。石である。恨み妬みを権力者すべてに償わせる。貴人なぞ、存在すること自体が罪なのだ。それから、流浪の時代を共に過ごした下種どもと政権を築く。日本にも易姓革命を果たすべき時期が到来したのだ。長政が京を制圧すれば、必ず同心する者が現れる。一向宗の蜂起だけであの騒ぎ。国中の下種が立ち上がれば、日本の歴史は根底からひっくり返るだろう。その光景を思い浮かべるだけで胸の先端が固くなる。

信念への陶酔は、酒よりも蜜よりも甘美だった。

 

  *

 

本心では気が進まない。それでも、家のためを思えば受け容れざるを得なかった。

養子縁組の申し出が二件も届いていた。それも、安宅家と十河家という、淡路・讃岐それぞれを代表する国人からである。三好家の繁栄を願う身としては願ってもいない提案のはずだった。家名存続と信頼関係醸成を目的とした養子縁組は、武家のみならず、商家でも農家でも普通に行われていることだ。

(他人事として聞くのと、我が事として聞くのでは大違い……)

普通に考えれば、三男の千々世、末子の又四郎が対象となる。日なたのような穏やかさで、誰からも好かれている千々世は未だ八歳。又四郎に至っては物心がついて間もない四歳児である。養子をもらう側としては幼い子の方がよいのだろうが、送り出す側の心痛は甚だしいものがある。二人を産んでからの、今日までの思い出が次々と浮かんできてしまうのだった。

「手放すために育てたのではあるまいに」

もうこの時からつるぎの袖は濡れそぼっていた。思えば、夫を亡くしてから随分気が弱くなったものである。又四郎を産んでからは起きねばと思いながらも気力が湧かず、長いこと床に臥せってしまった。千熊丸の求聞持法の際も、成就を願う理性と身体を気遣う母性との狭間で命が摩耗するような思いをした。元長が生きている時の自分ならば正しいと思うことを思う通りにやれていただろうに。女一人の弱さというものは人生の節目、ここぞという時に限って現れてくるのだった。

一緒に使者の話を聞いた千熊丸は寂しげな顔を垣間見せたが、よい話です、と答えた。康長、長逸は素直に喜んだ。阿波守護の持隆は地域の安定に繋がることだから、諸手を挙げて賛同している。

つるぎにとってももとより反対する理由などはない。ただ苦しいだけ、胸が重いだけなのだ。

 

両家に承諾の使者を送った後、つるぎと千熊丸は子どもたちを一室に集め、すべてを打ち明けた。

最初に泣き声を上げたのは、長女のいねだった。嫌じゃ、嫌じゃと喚き、千々世と又四郎を抱き寄せて離そうとしない。日頃は弟にきつく当たるが、本当は誰よりも情の深い姉だった。

幼いなりに幾らかを察した又四郎が続けて泣き始めた。

(ああ、こんなに涙を流して。また目元がかぶれてしまう)

他人からは熊の子だとか言われているが、意外なことに又四郎は皮膚が弱い。身内だけが知っている繊細な一面だった。母の本能が、手元に置いておきたい、世話をしたいと訴えてくる。決心が鈍りそうで、つるぎは目を合わすことができなかった。

一方、千々世は取り乱すこともなく恬淡としている。

「弟として生まれた者の習い。ましてや安宅家、十河家とは光栄なことです。又四郎よ、こういう時な、男という者は朗らかに承諾するものじゃ。共に三好のため、養父母のために力を尽くそうではないか」

いつも通りの柔らかな声の響きに又四郎だけでなく、つるぎやいねもおおいに慰められた。言うべきことを代わりに言ってくれたような格好だ。千々世の穏当で的を射た物言いは、いつも皆の気持ちを結び付けてくれる。

千満丸が口を開いた。

「二人は養子に。いずれは兄者も畿内へ行くのだろうし、姉上もどこかに嫁ぐのだろう。俺は阿波に残るよ。残って、阿波を守る。芝生を守る。母上の傍には、ずっと俺がいる。俺がいれば皆はいつでも帰ってくることができる。阿波を要にして、扇のように皆が繋がっている。いずれは兄弟一人ひとりが国一番の男になって、三好を四ヶ国の太守にしようや。実に一興というものじゃあないか」

「ちょっと。私を忘れないでよ」

「姉上も国持ちになるのかい? 愛嬌の足りない姫様じゃあ領民がかわいそうだぜ」

全員が吹き出してしまった。物言いは少し乱暴だが、皆のことを気遣ってくれての発言である。千満丸や千々世もいつの間に立派な分別を身に着けたのだろうと、つるぎは悲しみと喜びとをこき混ぜた感慨に浸った。隣では千熊丸が微笑みながら、一同を見守っているのだった。

 

  *

 

秋を待って、養子縁組を順番に行うこととなった。まずは千々世が淡路の安宅家に。ひと月置いてから又四郎が讃岐の十河家に入る段取りである。千熊丸は両家とも訪れたことがあったが、いずれも気持ちのよい人々だったことを覚えている。弟の前途に不安は感じなかった。

 

夏の間、子どもたちは名残を惜しむようによく遊んだ。昔こしらえた大イカを上げてみたり、吉野川で魚を獲ったりと。外で過ごす時間が増えて、例年以上に皆が黒焦げになった。夜は同じひと間に入り、身体を寄せ合って眠る。暑くても、互いに体温を感じる距離にいることを望んだ。

ある夜更け。

ふと目を覚ますと、千々世が声も立てずに泣いていた。

「兄上、起こしてしまいましたか」

「どうした。こんな時間に」

「いま、雲間の月明かりが蚊帳を白く照らしているでしょう」

「そうだな」

「この蚊帳。今夜は母上が吊るしてくれました。兄上と違って、母上だと高さが足りずに蚊帳が弛むのです」

「……」

「この弛みが見納めかと思うと、なぜだか涙が溢れてきて」

そう言って、千々世は鼻を吸い、照れたような笑みを浮かべた。

「女々しいことを言ってしまいました。もう寝ます」

「千々世の言うこと、分かるよ」

千熊丸も布団に潜る。もらい泣きをしてしまった。千々世も、まだ寝ていないのだろう。

 

又四郎は毎日アメゴを掴み取ろうと張り切っているが、上手くいかなかった。発育がよいとはいえ、四歳の動体視力と反応速度ではなかなか難しいだろう。兄たちはもちろん、いねも魚を獲るのが上手い。平手を打つようにしてアメゴを下からさっと掬っていく。又四郎は力任せに水の中で暴れるので、魚が驚き離れていってしまうのだ。小さい男の子は、自分が強いことを示そうとするあまり力が空回りしてしまう。

千満丸は平石で水切りの練習をしている。水切りが上手いと、女童の受けがよいのだろう。千々世は又四郎に寄り添って丁寧に教え、いねはこうよ、こう、と言いながら手本を見せている。千熊丸は岩の上に腰かけ、清流を眺めながら寛いでいた。日の当たる岩は火傷するほど熱いが、木陰の岩は風が通って快い。魚の跳ねる音、木々の葉擦れなどを聞きながら古い歌などを口ずさむのは楽しいものだ。穏やかな気分で愉しんでいれば、野鳥たちも怖がらずに肩や膝元に集まってくるのだった。

「とれた!」

又四郎の大声が届いて、鳥が慌てて飛び去っていく。どうやら、遂に成し遂げたらしい。千々世といねが一緒になって喜んでいるのが見えた。

「なんだい、随分小さいな」

千満丸が意地悪を言ったが、又四郎はにたりと笑って片腕を川に刺した。手には、先ほどよりふた回りも大きいアメゴが握られている。

「ははは、悪い悪い。すごいじゃあないか、又四郎。要領を掴んだのだな」

千熊丸のところにも銀色に朱点を散らした宝物を見せにやってくる。又四郎の顔は自信と得意とが漲り、鼻息が聞こえるほどだった。そんな弟が、この上もなく頼もしい存在に思えた。

 

  *

 

洲本城(兵庫県洲本市)へは千々世の他、千熊丸、康長、長逸、そしてつるぎが同行した。淡路は四国と畿内を結ぶ要地であり、三好家の畿内進出にとって安宅家は欠かせぬ盟友である。あれこれと打ち合わせておくことも多かった。

幸いにして千々世は安宅家の皆々へ快く迎え入れられた。もともと人柄や接し方が柔らかい子である。海の男には果たしてどうかと案じていたが、悪縁となる恐れはなさそうだ。自分の躾ぶりが一先ずの成果を得たような気がして、つるぎは安堵した。

 

安宅家は、古くから淡路に土着している水軍衆である。腕のよい船大工が多く、千石船などを上手く供給したことから日明貿易や、堺衆による南海交易などにおいて大変重宝された。そうした大商いの支援を行うだけでなく、紀伊・熊野との交易や九州・瀬戸内倭寇との協業なども手掛けており、水軍としては東瀬戸内海随一の勢力を誇っている。

現在、公の日明貿易や日朝貿易は大内家が牛耳っている。しかし、国内で異国の物産を求める客、すなわち公家や有力寺社は畿内に集中していることから、結局は瀬戸内海の海運を通じて多くの物品が堺に陸揚げされるのだった。大内家は公家や寺院を積極的に自領へ招聘しているが、やはり山口や博多だけですべての交易品をさばくのは難しいようだ。加えて堺衆は近年、大内家との競合を避けて、土佐の南を進む南海航路を開拓してしまった。海禁政策の監視をすり抜け、日本との直接取引を望む明人も多数いることから、こちらの密貿易でも何万貫もの利益が堺にもたらされている。こうした動きに合わせて、安宅家もまた発展してきたのだ。

実際、安宅家の水軍は精強だった。内海の戦いでは西瀬戸内の村上氏などが名高いが、外洋交易を警護する大型船での戦となれば安宅衆のものである。大量の戦闘員を船に乗せ、日を遮るほどの矢を浴びせた上で勇敢に敵船に乗り込み、白兵戦で船を奪ってしまう。拿捕した船は交易に再利用したり、分解して技術の蓄積に役立てたりする。かつて三好之長が淡路を分捕った時、安宅家は之長の支配を前向きに受け容れた。弱腰な細川家の分家守護よりも、勇猛な之長の気性を好んだのだった。

つるぎは、こうした水軍衆の話を元長に随分聞かされた。元長の代になり、安宅と三好の仲は更によくなったのである。之長は畿内上陸のために船を欲しただけだったが、元長はそれに加えて海運への敬意を持っていた。いずれ天下の仕組みが変われば、安宅の船が世界中に進出していく。そういう大法螺を吹く元長は、いつも海の男たちに慕われていた。

 

養子縁組が成った翌日、祝いに安宅家名物の“海上相撲”が開催された。海に浮かべた筏の上で、波に揺られながら相撲を取り合う。筏の上で転ばされるだけでも迫力があるし、投げられ海に落とされると水柱が上がって飛沫が観客にまで届く。粗野ながら、勇壮な魅力に満ちた行事であった。

千々世も子ども相撲に参加し、年下らしい子どもと取って勝利した。この取組は、花を持たせるために配慮した組み合わせだったのだろう。康長や長逸も飛び入りで参加し、康長は老獪なはたき込み、長逸は豪快な上手投げで勝利した。

千熊丸はつるぎと共に見物していたが、三十代くらいの筋骨逞しい男から慇懃に呼び掛けられた。声をかけてきた大男に見覚えがある。かつて、元長と親密にしていた船頭の一人のはずだ。どうやら千熊丸の器量試しでもしようという腹らしかった。船上で暮らす男というものは、仲間と命を預け合って生きている。自然、人物を見定めようという習性が強くなるのだ。元長を継いだ若殿の声望は名高いが、所詮は学問や和睦斡旋などで得た評判、父のような武勇は持ち合わせておるまい、などと思っているのだろうか。

「千熊丸、勝てるか」

「十に八は勝てると思います」

「よし。ならば勝ってこい」

「されど、父上はあまり人前で実力を見せるなと」

「上手くやればよい」

「分かりました。上手くやります」

千熊丸が筏に上がった。相手は怯ませようと睨みつけているが、千熊丸は意に介していない。立ち合い。船頭の放った張り手をかわして、左四つで組み合った。そこから動かない。観客が焦れて、船頭に本気を出せと野次を送り始めた。船頭は顔を真っ赤にし、汗を滝のように流している。千熊丸が根でも生やしたように、びくともしないのだった。ふいに千熊丸が力を緩める。二人は千熊丸の後方に倒れ込みそうになり、千熊丸が身体を捻った刹那、船頭が海に飛んでいった。

「見事な下半身の仕上がり、腕も随分上がりましたな。相手は肝を冷やしたことでしょう」

康長が話しかけてきた。彼は千熊丸が元長直伝の鍛錬を欠かしていないことを熟知している。甥っ子の成長が嬉しいに違いなかった。一方で、衆目には船頭が勝つはずのところ、波で重心を崩したように映ったらしい。三好の若殿は運が強い、いや運も実力じゃ、などと囃す声が聞こえてくる。

勝った後も、千熊丸は悠々と相手に手を差し伸ばしたりしていた。

後日、船頭は安宅家と三好家への変わらぬ忠誠を誓ったとのことである。

 

  *

 

讃岐の国は雨が少ないために溜め池が多い。伝説では、弘法大師が水の貯え方を広めたのだという。十河城(香川県高松市)の周辺も例外ではなく、広い平野に池が点在している風景は雄渾の思いを抱かせる。温暖な瀬戸内の気候は作物をよく実らせ、米を収穫した後に麦を連作することすら可能らしい。幸い、今年は米も豊作のようで、讃岐平野では風に揺られた稲穂が楽しげに波打っていた。

安宅家に続き、千熊丸たちは十河家へ養子縁組を執り行いに来ていた。十河家は讃岐を代表する国人であり、歴代に亘って戦での武功を積み重ねてきたことから、いまでは守護代の香川氏を凌駕する勢力を有している。現当主の十河存春も意気盛んで有能な武人だった。阿波守護代の三好家と縁を結び、国主の細川持隆とも誼を通じればその権勢はますます確かなものとなるであろう。三好家にとっても、讃岐衆の武力と豊かな兵糧を得ることは好都合であった。

 

“讃岐男と阿波女”と言われるほど、讃岐衆と阿波衆は仲がよい。豪快でさっぱりとした讃岐の気風と、気配りが細かく商売上手な阿波の気風は互いの長所を活かしあえるのだ。もともと気脈を通じていたこともあり、今回の縁組でも両家はたちまち打ち解けあった。常からこまめに顔を出していた康長は十河家中の信望が厚いし、長逸のもとには畿内情勢を聞きたがる者が集まって来ていた。

一方、肝心の又四郎だけはずっと機嫌が悪い。養子入り初日から、あれが気に入らぬこれが足りぬなどとわがままを抜かしては周囲を困らせている。環境が急変したのだから無理もないと、十河存春も家臣もいまは下手に出ていた。つるぎの方も手元を離れた子どもにどこまで口を出したものかという遠慮があって、怒鳴るのを我慢している。反抗盛りの子どもに対する隙間、一時的に監督者がいなくなったような状態であった。

見かねた千熊丸は、両家の大人たちを集めて対策を相談した。

「何ごとも始めが肝心。このままでは本人にとっても両家にとっても不幸の源です」

一同が頷く。

「細々と世話を焼いてくれていた千々世が先に養子へ出てしまい、このひと月というもの、弟はずっと情緒が不安定でした。端的に言えば、拗ねているのです」

「なるほど、経緯は理解できる。では、又四郎の躾はどうすればよい」

存春が問うた。育児の引継ぎのようになっている。

「又四郎は決して愚か者ではありませぬ。ひとたび納得に至れば驚くような素直さを示します。そこでひとつ思いついたのですが、存春殿はうどん打ちがお上手でしたな……」

 

翌日の朝餉。一同の膳には存春がこしらえたうどんが並べられた。讃岐の小麦と塩を使って打ち上げた、腰の強いうどんである。漆塗の器にいりこで取った冷や出汁の琥珀色、うどんのつやつやした乳白色の取り合わせが美しい。又四郎も思わず見入ってしまい、さっそく箸を伸ばそうとした。

「待て、又四郎。まだ仕上げが残っている」

制止した千熊丸の合図でかご盛りになった阿波橘が運ばれてきた。旬を迎えた阿波橘の果皮は緑色、断面は黄金色に輝き、離れていても爽やかな匂いが届いてくる。

「各々方。この橘の果汁をうどんにかけ回してお召し上がりいただきたい」

皆が言われた通りに従う。たちまち、うどんをすすった者の口々からこれは素晴らしい、うどんの味わいが膨らんだようだ、などと感嘆の声が上がった。又四郎に至っては、

「う、うまい!」

と叫んだきり無言でうどんをすすり、おかわりを欲しがっている。

「気に入ったか、又四郎」

「はい! 兄上」

「それは重畳。だが、ひとつ言っておくことがある。又四郎よ、お前はこのひと皿のようになれるか」

「……と、申しますと?」

「この橘うどんのような男になれるかと聞いているのだ。うどんは十河、阿波橘は三好よ。それぞれ単品でもうまいが、ふたつを合わせるととんでもないうまさになっただろう」

「……」

「自分の役目をよくよく考えよ。四歳だからなどと思うでないぞ。常々母上から三歳を過ぎれば元服したも同じだと言われてきただろう」

「はい……」

「分かったら、おかわりをもらうがよい。存春殿は、お前に腹いっぱい食べてもらいたいとのことだ」

存春の顔が少し赤くなった。又四郎はしばし俯いていたが、居住まいを正して皆に言った。

「いままでわがまま言ってごめんなさい。俺、強くなって、きっと恩返しします。しますから、おかわりください」

どこまで伝わったかは分からないが、又四郎なりに感じるところはあったようだ。存春が嬉しそうにうどんを自らの手で運んできた。又四郎がすぐさま食らいつく。この新たな父子は大丈夫そうだった。

つるぎに目をやると、微笑んではいたが、やはり寂しそうだった。顔にやつれも出ている。千々世に続いて末の子を、しかも元長によく似た男児を養子に出すのだ。平気なはずがない。

いつも凛としていた母が、少しずつ弱っていく。反対に自分の意志や身体は、ますます強さを増していく。いつの世も変わらない母と子の関係の移ろいをふと感じて、千熊丸は堪らないような気分になった。

 

  *

 

天文五年(1536年)春、阿波の勝瑞館。持隆は十五歳となった千熊丸の烏帽子親として元服の儀を行った。康長、長逸、つるぎ、いね、千満丸も同座している。

「長慶と名乗りたいとな」

千熊丸改め長慶に訊ねた。元服後の名乗りは烏帽子親がつけることも多いが、持隆に特にこだわりはない。元長ならどう言うかという思いが、微かに頭をよぎったのみである。

「ええ。当家では累代の不幸が続いているので、少しは幸を呼べそうな名にしようかと。利長とか、範長とかも考えたのですが」

「慶びが長く続きますよう……長慶、三好長慶か。うむ、よい名だ。よし、よしと音も快い」

微笑みながら一振りの刀を取り出し、長慶に与えた。この日のためにつくらせた、阿波が誇る海部の刀である。海部刀は切れ味が抜群な上にたいそう丈夫で、その実用性の高さから人気が高い。とりわけこの刀は持隆が特別の意気込みで発注したものであり、素晴らしい出来栄えであった。

「阿波の心意気が詰まったこの刀で、運命を切り開いてゆけ」

「ありがたきしあわせ」

刀を受け取った長慶が、平伏して礼を言う。気負いもおもねりも感じさせない、風雅な男ぶりであった。早くに父を亡くした子どもがよくここまで立派に育ったものだと、嬉しく思う。

「稜線の如き雄大な刃紋、芝生の山々を眺めているようです。よろしいのですか、このような逸品を」

長慶は吸い込まれるように刀身を見つめている。

「わしはお前の父代わりじゃ。元長にもろうたと思ってくれ」

「……持隆様」

うっすらと長慶の目に涙が浮かぶ。それでも、長慶の心身に乱れは見えなかった。

「何か、銘をつけてみるか」

「は。……しかし、これほどの名刀となればなかなか相応しい名も思い浮かびませぬ。よい着想を得るまで無銘のままにしておきましょう」

「うむ、それもよかろう。だが」

先ほどから長慶の弟、千満丸が刀をぎらぎらと凝視しているのが気になっていた。

「弟殿に奪われないようにな」

言うと、三好家の一同が苦笑いした。長慶が代表して答える。

「目利き上手な弟でして」

「カカカ。や、弟殿も賢そうな顔をしておるよ」

つるぎ似で、睫毛の長い美童だった。からかわれて頬が染まった様子には興をそそられるものがある。

「兄の贔屓目ですが、人の心情を酌む才は私より上だと思います」

「ほう。幾つになる」

「十になります」

「そうか。元服した暁には、わしの手元で政を学ばせてみるか」

「そうしていただけると幸いです」

長慶たちは素直に喜んだ。その様子を見て、持隆も劣情を反省した。相手は元長の遺児なのである。父代わりとして、下卑た情念には蓋をせねばならぬ。

「それで、これからどうするつもりだ」

「京に上って、しばらくは細川家の内衆として仕えてみようと思います」

意外な答えだった。六郎や宗三の風下に立ちたい、元長の仇に従いたいと言っているのと同義である。

堺公方府の復活だとか、義冬様を担いで政権交代を狙うだとかは考えていないということか」

「父上の夢を忘れた訳ではありません。ただ、そういった政策を成す前に、いまのご政道というものに触れておきたいのです。自分が何を壊して、何を創るべきかを見極めたく」

「四国衆の誇りを、忘れた訳ではないのだな」

「ふふ、むしろ逆です。いずれ日ノ本を藍染にしてやりますよ」

風采に似合わない啖呵だった。三好家の面々も呆気にとられている。長慶が心の底で何を企んでいるのかは分からない。本人もまだ何をすべきか分かっていないのだろう。しかし、元長を超えるほどの可能性も感じてしまうのだ。

「分かった、思うようにするがよい。六郎にはわしからも口添えしておく」

今後を思えば、長慶が畿内の有力者と繋がることは悪いことではなかった。

いざという時は親四国派と反四国派で畿内を分断することもできよう。四国政策の対立で中央政権を揺さぶってみるのも面白い。

それに、いま義冬を担ぎ出すのは得策でない。堺公方府の崩壊後、義冬の評判は下がる一方だった。平島(徳島県阿南市)を所領として進呈してみたものの、民への当たりが苛烈なのだ。兄弟の義晴から将軍職を奪えなかったこと、頼りにしていた元長を失ったことなどがよっぽど堪えかねたのだろう。

「いよいよ、巣立ちの時なのだな」

長慶の微笑みに洋々たる前途が浮かぶ。そして、つるぎの瞼には紅涙による腫れが浮かんでいた。

 

  *

 

長慶の上京は秋の予定であったが、冬に延期された。七月に京都で大乱が起こったのだ。

山科本願寺の焼失以来、京では法華宗徒が幅を利かせていた。自分たちの武力と勢いに酔いしれ、税の納入なども拒否するようになっていた。そのことで周りから反感を買っていたところに、延暦寺との宗論争いが起こった。そこに、公方が法華宗有利な裁決を下したのである。

結果、怒り狂った延暦寺と、延暦寺と友好関係にある六角氏が京の法華寺院を焼き払ってしまった。生き残った法華宗徒も京から追放された。一向宗に続き、法華宗の勢力も後退した訳だ。

延暦寺も勝利はしたものの、あまりに暴力的な振る舞いよと民からの信望を失った。見渡してみれば、主だった宗教勢力が次々と力を落としているのだった。

いずれにせよ、親三好である法華宗徒の法難は長慶にとっても打撃だった。

 

続く