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きょう、(小説 三好長慶)

近世のきのう、中世のあした。三好長慶の物語

九 天道の段  ――三好宗三 家内の歪みに直面し、三好長慶 土柱にて未来を見据える――

九 天道の段

 

年の暮れを迎えた深夜、外では深々と雪が降っている。飯盛山城、城主の館の一室で長政は将棋の駒を弄びながら黙考していた。

長慶の胎動が感知できなくなっていた。思いとどまったのか、水の下ではいまも動いているのか。上がってくる情報からは判別ができない。

あの大評定の後、長慶、宗三はいずれも謹慎の形になった。上京において、細川屋敷、長慶屋敷、宗三屋敷はいずれもそう離れていない。公方や御所もすぐ近くにある。応仁時のような市街戦が起きるのではないかと、周辺住民たちは気が気でなかった。事実、長慶は配下の長逸手兵など、千名ほどを京に集結させていたのだ。阿波の持隆や淡路の安宅水軍などが同調している様子もあった。

一方で、宗三を失った細川家内衆は完全に機能不全を起こしていた。国人衆を守備に配するようなことも満足にできていなかった。あの時長慶が兵を挙げていれば、六郎は逃げ出すこともままならずに討ち取られていたはずだ。なぜ、長慶は踏みとどまったのか。元長遺品の鳴り物も手に入れて、使いたくて仕方がなかったはずなのに。

(まさか、わしの思惑が読まれた訳でもあるまいが)

皆の目が長慶に集中しているのをよそ目に、長政は河内に三千の直属兵と、遊佐長教による五千の後詰兵を用意していた。長慶が六郎を討った瞬間に埋伏していた兵を挙げて、一気に長慶を打倒する。持隆も六角も、尼子も朝倉も間に合わない。世間には、迅速に六郎の仇を討った忠臣として映る。六郎には嫡男がいない。細川政権を簒奪するのは、簡単なことだ。そうして日本第一等の勢力を有してから、いよいよ朝廷と公方の粛清を始める。日本全国の大名を敵に回すだろうが、日本全国の下種共が味方に駆けつける。百日も千日も続く戦に勝利した暁には、日本史上初の易姓革命が成し遂げられる……。

考え得る中、夢の道筋として最上の策だった。思いついた時は下半身に血がたぎったものだ。さすがに最後まで上手く話が運ぶとは思っていなかったが、その第一歩で諦めてしまうのはいかにも惜しい。六郎を討った長慶との決戦は宇治か山崎辺りになるだろうと、地勢を調べさせるようなことまでやっていのだ。単独で六郎と戦い始めるより、“長慶の謀反、京の変事”“神速の行軍、仇討ち”という年表を通過する方が、新たな歴史の幕開けに相応しいではないか。

 

「琴はいるか」

女が現れた。確かに部屋の外から入ってきたはずだが、音も気配も感じさせない。後南朝、志能備衆の頭目である。彼女は紀伊山地の狼を相手に武芸の鍛錬を積み、妄執に憑かれた老人たちにあらゆる類の謀略を叩きこまれて育ったらしい。常人の数倍の速さで山野を駆け抜けるし、それ以上の速さで噂を広めることができる。新たな時代の価値観を世に広め日本中の下種と連帯していくには、文書を大量に刷る発明でも起こらない限り、こうした者の活躍が不可欠だった。

「巫女に扮して畿内に噂を広めよ。天道のお告げだ。三好長慶は大強にして、大怨を抱く者なり。細川六郎は怯懦にして蒙昧、無辜の民に害なす者なり。仇討ちは人の道理。揺るぎなき天はこれを照らし、導くであろうとな」

琴の表情には何も現れない。自我というものがあるのかどうかも分からない。年は二十にも見えるし五十にも見えた。長政は琴個人のことは何も知らないが、後南朝残党を率いる古老に紹介されて以来、彼女が期待を裏切ったことは一度もない。

「よかろう」

低い声で返事があり、琴の姿が消えた。やはり、どのように出て行ったのかは分からない。

長慶が動かないなら、動かす工夫をするまでだった。

これまでも様々な手を講じてきた。直接相対し、元長のことを思い起こさせて動揺を誘うようなことまでやった。あの時も長慶は、惑いながらも崩れは見せなかったものだ。多少声は荒げながらも、冷静に状況と自己を見つめていた。十代の男の胆力とは思えない。初陣もまだという話だが、ひとつやふたつの修羅場を経験しているような腹の太さを感じさせられた。あの男は、之長のような悪の英雄とも、元長のような夢見野郎とも違うようだ。

元長ならば、すぐに激昂して斬りかかってきたであろうに。正気とは思えないような夢を見て、あらゆる者を振り回したあの男。高国の天下を破壊した恐ろしいあの男。最期まで己を曲げず雄々しく死んでいったあの男。

ふと、自分の動悸に気づいた。雪があらゆる音を吸い、部屋はまったくのしじまである。その中で、長政の心臓だけが音を打っている。

(なぜ、元長のことなどを考えて胸が高鳴るのだ)

嫌な想像が一瞬頭に浮かんだ。長政はその考えを無理にでも消し去ろうと頭を振って、将棋の研究に取り掛かり始めた。

 

  *

 

天文八年(1539年)の正月。長慶は京の自邸にて細川六郎の招宴を行った。一般に、目上の者や貴人を自邸に招いて観能や酒宴などでもてなすことは、最上級の敬意を示す行為だと認識されている。どのような催し物や料理を用意したかが市井の噂話となるし、趣向を凝らせばそれだけ忠誠心の厚いことだと捉えられた。

長慶も抜かりなく、この日のために親交のある連歌師の宗牧・宗養親子を招いて六郎政権を称揚するような歌を詠んだり、畿内各地や四国から山海珍味を集めたりしている。一触触発だった前年の空気を払拭するようなもてなしぶりであった。

当初は疑念を抱いて出席した六郎や内衆たちも、この歓待ぶりには心を打たれたようだ。あの大評定以来、町では“長慶、謀反”との噂が急速に広まっていた。丁重に昨年の無礼を詫び、以後の忠勤を誓うという長慶の低姿勢ぶりに、噂はやはり噂に過ぎぬと受け止めたようだった。

返礼にと、翌日には六郎から見事な大鷹が届けられた。もとは尾張織田信秀から六郎に献上されたものだという。尾張では織田家が津島湊(愛知県津島市)の財を掌握し、今川氏との争いで消耗した守護の斯波氏を凌駕する勢力となっていた。織田家は六郎や朝廷へ盛んに工作活動を展開し、後ろ盾を得ることとで地域の統治や今川氏への対抗に役立てようとしている。

こうした織田家の動きを見ても、やはり六郎政権は日本中から少なくない支持を得ていることが分かる。どれだけ政権の内情がお粗末でも、細川という家格の威光はいまも強く輝いているのだ。つくづく早まった戦を起こさなくてよかったと、長慶は再考を促した母の急報に感謝していた。六郎や宗三を討ち取ることができても、また、政権実務自体は長慶の才覚で処理することができても、日本全国からの反目には抗えそうもなかった。政権交代を成し遂げて世の価値を変えていくためには、まだまだ自分には貫目が足りない。いまは焦らずに現実を認め、実力の涵養に努めるべき時期だった。

(そのためにも、畿内に基盤が欲しいものだ)

長慶は六郎政権の一奉行に過ぎない。もともとの本拠は阿波の芝生であり、その地盤は遠く、小さなものだった。六郎と対抗するためにも、その後で日本中の大名と互角に渡り合うためにも、豊かな畿内に自分の領土、自分の家来衆を持つことは必須要件だと思われる。

河内十七箇所の相続に引き続きこだわるのも選択肢である。しかし、河内十七箇所は昨今、ひとつの惣村として巨大な自治勢力と化してしまっている。代官としての間接統治ならともかく直轄地として治めるには難しい土地だった。生産力の高い畿内には、こうした独立惣村が点在している。

いずれにせよ、三好家中や細川持隆と一度すり合わせをするべきである。長慶は阿波への帰国を六郎に申請した。招宴の効果か宗三が謹慎しているせいか、阿波に帰国した上でおとなしく謹慎したいという長慶の申し出はあっさりと認可された。虎を野に放つようなものであるが、そうした判断も宗三以外の内衆にはできないようだった。

 

母の変わり果てた姿を見て長慶はしばらく声が出せなかった。黒く長かった髪からは水気が失せ、豊麗だった身体は痩せ落ち、凛とした張りのある風貌は面影すらない。聞けば、意識が戻るのは一日のうちに数刻のみ。咳は止まず、しばしば血を吐いて、食事は受け付けない。重湯だけを口にしてかろうじて生き長らえている、それがいまのつるぎであるという。

部屋には病人の瘴気と血の匂いが濃厚に漂っていた。

いねと千満丸が泣きじゃくって長慶に言う。

「兄様だけには絶対に知らせるなって。邪魔になりたくないって」

「よくなってくれねえんだ。何をしてもよう……」

弟妹の慟哭は激しかった。二人とも未だ十代前半の子どもである。長慶の顔を見て、張り詰めた心が一度に緩んだに違いない。頼りの康長叔父は持隆の使者として中国地方や九州などを飛び回っており、長期に亘って不在にしていた。この二人で必死につるぎの看病を行いながら、家中を統制していたのだろう。つるぎの身体以外、芝生城には何も変わったところがない。大人たちも、涙ながらに子ども二人の尽力を称えていた。

「いね。千満丸。大義であったな」

長慶は優しげに声をかけ、京土産などを渡しながら二人を休ませた。つるぎの枕元に座り、じっと寝顔を見つめる。その顔には、はっきりと死相が見て取れた。大事ないとの便りを真に受け、のうのうと暮らしていた自分が情けなくてならない。つるぎは、不治の病である労咳とずっと戦っていたのだった。思わず涙が溢れ出す。瞼の裏には、元気だった頃の母が映っていた。

(ああ。幼い時から時に厳しく、時に優しく育ててくれた母上。父の亡き後は、女当主となって家を支えてくれた母上。私の立身を誰よりも祈ってくれていたのに。未だ何の出世も遂げてはおらぬのに。面目ない、私は、この不肖の息子は……)

ぽたりぽたりと、涙が手の甲を打った。幼き頃の躾、弟妹の誕生、元長の死、本願寺での和睦斡旋、求聞持法、千々世と又四郎の養子縁組。数々の思い出が頭を駆け巡る。どれひとつとっても、母の真心抜きに成り立つものはなかった。

「おかえり、長慶」

掠れた声が聞こえた。顔を上げると、つるぎが目を覚ましている。何かを言おうとしたが、何を口にしても相応しくないように思えた。

「はは、うえ」

やっとのことで、それだけを口にした。母は何も言わず、長慶を真っ直ぐに見つめて、嬉しそうに微笑んだ。微笑みが、死相をより鮮やかなものにしていた。

「ただいま、戻りました」

そう続けたきり、長慶は顔をつるぎの布団に埋めた。震える肩を、つるぎが枯れた掌で撫でてくれた。

 

  *

 

京の民心は一向に鎮まらなかった。ここ丹波にも、戦を避けて疎開してくる民は珍しくない。春の日差しは日々温もりを増しているが、人々には梅も桜も楽しんでいるゆとりはないようだ。

正月早々に細川六郎と三好長慶の宴が開かれ、関係修復がなされたとの伝聞だった。だが、その話が霞むほどの勢いで、“三好長慶は親の仇である細川六郎を討つべきである”との天の告げがあったという噂が広まっている。噂は誰かが故意に流したものだと思うが、その内容は民の素朴な感情に合致していた。人の口から口に伝えられる中で“自分もそう思う”“お告げはもっともだ”という補足がつけられ、噂はいつしか世論の求めのように変容している。現政権に不満を持つ民の中には、三好長慶が兵を率いて再び海を渡って来る日を心待ちにしていると公言する者まで現れていた。

京の細川屋敷はおおいに動揺しているそうだ。長慶の阿波帰国を取り次いだのは誰だ、細川持隆から何か情報は上がってこないのか、いやまずは尼子への備えだなどと、右往左往しているそうである。そうした話に父の波多野稙通が呆れる一方、兄の晴通は自分を売り込む好機だと野心を燃やしていた。

父と兄の仲は相変わらずよくない。昨年、稙通が評定衆に任命されたことは丹波でも大騒ぎになった。二十年近くも丹波や京で活躍してきた稙通の功績を慕って、民や近隣国人からは喜びの声が相次いだ。この勢いを受けて、競合する内藤氏や赤井氏なども波多野家に服属するようになっている。こうした稙通の名声や功績が、晴通には気に食わない。父が公方と二股をかけるのならば自分は細川家への忠誠を一層厚くするまでと、細川屋敷へ頻繁に顔を出すようになっている。

父と兄の関係が悪化したのは、母の死からである。母は流行病で、父の出陣中に急死したのだった。母は病に苦しみながらも、最期まで父にひと目会いたいと漏らしていた。その言葉を枕元で聞き続けた兄は、いまも父を恨んでいる。あまねは、そこまで母を恋焦がれさせた父を逆に見直したことを記憶していた。父は昔から出陣や外交工作、領地の見回りなどで留守が多い。若い頃は元清、秀忠などと複数の名を使い、色々と怪しい活動もしていたらしい。幼い兄妹にとって、ほぼ一代で丹波の国主にまで成り上がった父は未知の存在であった。いま、その父を兄は憎み、自分は慕っている。そして、父と兄の二人ともが自分を溺愛していた。

稙通の名声が高まるにつれて、あまねへの求婚はますます増えていた。年も十七になり、まさに適齢期である。丹波だけでなく、京や摂津などでも嫁ぎ先は注目されていた。なかなか首を縦に振らない稙通はよっぽど娘に高値をつけたいのだろう、武家なら守護大名、公家なら公卿の家柄でもないと認められないのではないか、などと噂されているらしい。

いまも、赤松家との縁談話が持ち上がっていた。当主晴政の継室に、という先方からの申し出である。丹波の波多野と盟を結ぶことで尼子氏を牽制したいという意図が見え透いていたが、晴通は乗り気だった。家格の向上、六郎へのおもねりという点ではこれ以上ない話なのだ。もともと晴通はあまねの嫁入り話を避けていたが、これだけの好条件ならば止むを得ないという意見だった。あまね自身の意志は、一切考慮されてはいない。

「嫌なものは嫌」

「なぜだ。前に公家の求婚を断った時は、海が見える土地がいいなどと言っていたではないか。播磨ならば麗らかな瀬戸内を眺めることもできよう」

「会ったこともない人の、しかも継室だなんて」

「縁談とはそういうものだろう」

晴通との口論が連日続いていた。婚姻が無理強いされることは珍しくないが、嫌がっている女を嫁がせても夫婦生活や家中統制で瑕疵が生じてしまう恐れがある。晴通としては赤松や六郎との関係で危ない橋を渡りたくないので、なかなか強くも出られないのだった。

「添い遂げる人はあたしが自分で選びます。波多野のためになればいいんでしょう」

「まさか、そなたはまだあの長慶のことを」

長慶の名を出され、あまねは明らかに動揺を見せた。唇が震える癖を家族はよく知っている。

「駄目だ駄目だ! あの者は大怨を抱く者、六郎様に仇なす者ぞ。三好という家は、昔からどこか狂っているのだ。幸に見放された家なのだ。あのような家にお前を嫁がせることなどできようか。不幸になることが目に見えておる。だいたい、阿波に引っ込んでしまって会うことも叶わないではないか」

詮無い言葉の刃だった。瞳に涙が浮かぶ。あまねは無言で睨むことで、兄への抗議を示した。

「何が幸で何が不幸なのかも、あまねは自分で決めたいということなのだろう」

稙通が部屋に入ってきた。晴通が露骨に顔をしかめる。

「赤松との縁談は断ってもよいだろう。二対一だ。許せよ、晴通」

「父上! そうやって父上があまねを甘やかすから」

「ふん、お主があまねに甘えているのだろう」

晴通の目が血走ってきた。抜刀でもしかねない気配である。

「やめ、やめ。この話はおしまい。ね、父上、兄上。不安にさせてごめんなさい。あたしが悪いんです」

あまねが仲裁に入った。あまねの薄い身体には何の迫力もないが、泣き落としには稙通も晴通も弱い。彼女の哀願を潮に、父と兄はそれぞれ別の部屋に引きあげていく。

あまねにとって、晴通の言葉は辛いものだった。晴通の意見はまったく根拠のないことではない。兄なりに、親身にあまねのことを思いやっての発言なのだ。

(思わせぶりなことを言ったまま、あの方はいったいいつまであたしを待たせるんだろう。女の若さは男と同じ長さではないのに……。あたしがこんな風に苦しんでいるなんて、少しでも考えたことがあるんだろうか)

あまねの胸に鈍い痛みが走る。思い余って侍女に訊ねたが、今日も長慶からの文は届いていなかった。館の窓から、南西の方角を眺める。目に映るのは深い山々だけ。春の夕暮、風はまだ冷たかった。

 

  *

 

久しぶりの外出から帰ってきた宗三を、妻が走って出迎えた。

「如何でしたか。六郎様の怒りは解けましたか。お役目には戻れるのですか」

「おいおい、落ち着け。ゆっくり話すから、何か飲ませてくれぬか。くたびれたわ」

「何を呑気なことを。ちっとも私の気持ちなんて分かってくれないのですね」

妻が涙ぐんで玄関に座り込む。やれやれと思いながら、宗三は自分で足を洗った。謹慎になってから、妻は気分の上下が激しくなっている。妻はもともと堺の商家の生まれで、武家の世事には疎い。出世していくうちはよかったが、宗三が六郎に厭われてからは様々な場で辛い思いをしたらしい。

部屋着に着替えて、宗三は麦湯を二人分入れた。妻には、帰路で求めた菓子も出した。細川家宰として激務に追われていた頃、たまに早く帰宅できる日には彼女が好きなこの菓子を土産としたものだ。

「内衆には復帰できるようになった。但し、前のような筆頭格ではない。一奉行だ」

「そ、そんな。六郎様はどうかしているわ。憎らしい嘘八百を信じてしまって」

「働く場さえいただければ、また出世の糸口も掴めよう」

「あなたは呑気過ぎるわ」

嘆き節は止まらない。心の状態がよくなることを期待したが、まだまだ難しいようだ。妻の言う通り、木沢長政や遊佐長教の言に六郎が乗ってしまったのは痛手だった。二人とも畠山家を乗っ取った稀代の奸臣なのに、いけしゃあしゃあと臣下の道を説く方も説く方、聞く方も聞く方であると、世間では噂になっていた。それでも、主君が兇徒につけ込まれる可能性があるからこそ、自分たち家臣が主君をしっかり支えなければならないのである。何はともあれ、まずは職務に復帰することだった。

宗三の謹慎が解けたのは、長慶の動向が大きい。奉行仕事の多くが宗三と長慶抜きには成り立たなくなっており、現場からは宗三の復帰を望む声が日増しに高まっていた。加えて、阿波に帰った長慶の様子を調べたところ、元長以来の兵を集めて日々過酷な調練を繰り返しているとのことだった。長慶の上洛を求める民の声が大きくなっていること、公方も長慶の出陣を後押ししているらしいこと、更には尼子の脅威が迫っていることなど、外患の増大に対して細川政権は思い切った手を打てていない。結局、六郎も宗三に頼ることをしぶしぶ了承したようだ。

「やってみるさ。今度は六郎様のためだけではない。そなたや、家族のためにもな」

「今更、家族のためだなんて。どんな時も仕事、仕事。宗渭が熱病にかかった時もあなたは帰って来てくれなかったわ。仕事のためだって茶会なんかにはお金も時間も使って。その癖、あたしの実家には散々お金を無心して。それでも、殿のため、天下のためだという言葉を信じていたのに、あなたは謹慎、細川家は公方にも長慶にも愛想を尽かされる始末だもの。私はいい笑い者だわ、私の一生は滑稽だわ!」

「いままでそなたに負担をかけてきたのは、本当にすまないと思って」

「もういいわ! 一人にして!」

叫ぶなり、器を転ばして妻は出て行った。菓子には手もつけられていない。ため息をつき、自ら片付けをした。もともと質素な侘び暮らしをしていて、使用人の数も限っている。細川家宰の宗三のもとには数限りない贈り物が全国から届けられたが、大半は銭に変えて政務に使ってしまっていた。手元に残しているのは、心底気に入った茶器や刀剣だけである。

謹慎していて、家族の心が自分から離れてしまっていることを痛感した。そんなことにも気づかないくらい、家には帰っていなかったのだ。六郎の寵が離れたことで妻の心の僅かな支えが崩れた。信じられないような悪態を浴びたことも、一晩中泣き喚かれたこともある。宗三にできることは、黙って聴くことだけだった。

嫡男の宗渭が家にいないことに気づくにも、時間がかかった。妻に訊ねたら、何を今頃と大声で罵られた。父親のいない寂しさに耐えかね、悪所に通ううちに、よくない仲間とつるむようになったのだという。居場所を調べたが、下京の地獄辻子だの、摂津の平蜘蛛町だの、各地の色里を転々としているようだった。宗三の嫡子ということで、何かの陰謀に巻き込まれないとも限らない。妻の問題と同じく、悩みの種である。

(わしの心の鏡は、どうやら曇っていたようだ。だが、過ちを知った以上は、必ずどうにかしてみせる)

意気は挫けていない。細川家の劣勢を跳ね除けながら、家内を治める。未知の課題を発見するのは難しいが、既知の課題はいつか必ず解決できる。人間の知恵は無限なのだ。

宗三は菓子を口に入れ、妻の部屋に向かった。嫌がられても、傍に居続けようと思った。

 

  *

 

部屋の押板には紫陽花がいけられていた。気分の慰めにと、いねが飾ったものである。京の貴人や堺の茶人の間では花を部屋に飾るのが流行していると、長慶から聞いたらしい。仏事でもないのにとは思ったが、確かにつるぎの気持ちは軽くなっていた。もはや床から起き上がることもできないが、紫陽花を眺めていると野山を歩いているような気分になる。素焼きの大鉢にいけられた紫陽花は微妙に高さや奥行きの違いを工夫してあって、本当に押板から花が生えてきたように見えた。水の中で茎を切るとか、切り口を火で焼くとか、花を瑞々しく保つための工夫も色々と試行錯誤したらしい。

「いねには、こんな才があったのですね」

掠れた声でつるぎが囁く。とぎれとぎれのか細い声でも、家族は聞き分けられるようになっていた。

「自分でも驚きました。花をいじるって、楽しいものなのですね」

「将来、きっと旦那様に喜んでいただけますよ」

「ううん、そんなのはいいの。母様にさえ喜んでいただけたら。これからも、芙蓉、藤袴、それにもみじ。母様のお好きな季節の花を、上手に飾ってみせます」

つるぎが微笑んで謝意を示した。娘の心遣いが身に余るようで、涙で視界が滲んだ。

 

長慶は遠出をせず、阿波の山中で兵の調練に励んでいた。文官のように思われているが、いざ指揮をやってみると、長逸や古参の兵とも互角に渡り合うらしい。やはり元長の息子なのだ。幼い時分から学んできた軍法や兵学を試しながら、日々、実戦の腕を磨いている。そうして時を待っているのだろう。

一度ずつ、千々世と又四郎も見舞いに来てくれた。つるぎは、自身への気遣いよりも、彼らが元気そうにしていることが何より嬉しかった。新しく学んだことなども、色々とつるぎに教えてくれた。養子先でよくしてもらっていることが充分に見て取れる。心残りが、またひとつ消えたと思った。

 

六月に入ってからは血を吐く量が更に増えた。意識が混濁する中、咳だけはいつまでも続く。起きている時も眠っている時も、ただ咳をするだけの生き物である。周囲がつるぎを見る目もある種の境を越えたように思えた。

ある日の夜、意識が戻ると目を腫らした千満丸が話しかけてきた。

「母上、もう丸一日、何も口にされておりません。食事を用意しました」

「……よいのじゃ」

つるぎの返事に構わず、千満丸は鍋を運んできた。重湯とは違う。懐かしく、温かい匂いがした。

「そば米です。野鳥、山菜、きのこなどなどと……一緒に煮込みました。母上は子どもの頃、これが大好物だったとか」

「なぜ、それを」

「ちょうど使いがあって、母上の故郷に行ってきたのです」

故郷は山を越えた先の小さな村である。両親は既にない。今更、用事などあるはずもなかった。

「一口でもよいので、お召し上がりいただけませんか」

「……ありがとう」

匙で、一口、二口と食べさせてもらう。幼い時に食べた味とそっくりだった。喉から血の匂いが消えていく。様々な具材から出た豊かな出汁が、身体に優しい元気を運んでくれた気がした。

「不思議と……力が湧いてくる。これも一興、じゃな」

千満丸は涙と鼻水を垂らしながら頷いている。

「これ。色男が、もったいない」

そう言ってつるぎは腕を伸ばした。息子の手を握りたくなったのである。千満丸は両手で母の掌を包み込み、いつまでも拝むように額を当てていた。

 

次の日の夕暮れ。部屋に夕陽が差す中、長慶が看病をしてくれている。

「長慶は、土柱を――見たことが、あったかな」

「いえ、残念ながら、まだ」

少し長慶は戸惑ったようだった。唐突な問いに聞こえたのだろう。

「一度、見に行くがよい」

「は」

「天道というものが、よく分かるであろうよ」

阿波の土柱(徳島県阿波市)は、大地が吉野川に少しずつ削られ、長い時を経て柱状の奇怪な風景をつくり上げたものである。壮大さと恐ろしさとに直面せざるを得ない土地。悠久の巨大な力の前に、人間のちっぽけさを思い知らされる場所だった。

「近く、楽な道は、天道と言えぬ。本物の道は、険しく、回りくどいものじゃ。賢しい者には、阿呆と思われるような。淡く悲しい光が、降り注ぐような……遠く遠く、果てしない――コホ、コホコホ」

多弁が喉を刺激したのか、咽て身体が苦しむ。舌の根に、血の味が這い上がってきていた。

「母上」

「ふふ。あの人は、急ぎ過ぎたものなあ……」

そう言って、身体から力が抜けた。二日ほどつるぎは目を覚まさず、眠りながら多くの血を吐いた。

 

胸の中で、小川が流れているような気がした。体内の肉が浸され、幾多の支流が生まれていく。軋みはあったが、不快ではなかった。

目を開けた。爽快だった。咳も止まっている。労咳が治ったのだろうか? 辺りを見回すと、子どもたちを始め、主だった家中の者が揃っている。その様子を見て、つるぎは状況を納得することができた。

「今日は、何日じゃ」

喉の痛みも感じなかった。かつてのように、澄んだ声を出すことができる。

「六月の十四日、夜が明けたところです」

長慶が代表して答えた。

「少し、届かなかったか」

できれば六月二十日に死にたいと、密かに願っていた。

「皆の者。長い間、迷惑をかけたな。かたじけなく思う。――長慶、小柄を貸しておくれ」

髪を手にした。久しぶりに触ってみれば、艶も水気も失われている。いねに少量の椿油を塗ってもらい、櫛で丁寧に梳かした。その上で、一尺ほどの長さを切り取る。

「これを、堺のあの人の墓に納めてほしい。私の葬儀も、命日の弔いと同じ日に、な」

「は、母上……」

堪えきれずに、子どもたちが嗚咽し始めた。大人たちも俯いて袖で顔を拭っている。

「よい夫に出会えて、私の一生は幸せだった……。夫婦の縁は来世まで続く。あの時。あの人は、生まれ変わったら海を渡って異国へ旅しようと言ってくれた……。いまからその日が待ち遠しくてならぬ」

胸の中の川が、暴れ出し始めた。いずれ吉野川のように、肥沃な実りをもたらしてくれるのだろうか。

「皆、息災でな。そなたたちの幸せを祈っている。……さらばじゃ」

子どもの顔一つひとつに視線を送り、目を閉じた。苦痛も未練ももう感じない。遠いところから、いねの叫び声が聞こえた気がした。

凛然たる表情を遺して、つるぎは逝った。

 

  *

 

つるぎの死から十日後。長慶は一人、土柱で野営を行っていた。

葬儀は盛大だった。弟妹や長逸、急ぎ帰国した康長の他、細川持隆までもが参列した。足利義冬、本願寺、更には京の公方からの香奠も届いた。元長の命日と同日ということもあり、訪れた人々は深い悼みを捧げ、涙を流しあった。いつまで三好の不幸は続くのか、という声も聞こえた。葬儀会場の瀧寺に人が納まりきらないほどの騒ぎに喪主の長慶は忙殺され、悲しみに向き合う暇もなかった。

一通りの対応が済んだ後、母の言葉を思い出した。一人きりになりたかったこともあって、今日、土柱へやってきたものである。そこには、聞きしに勝る奇景、非日常の世界が広がっていた。まるで意志を持って立ち上がったかのような土の柱。巨人に齧られたかのような断崖の傷跡。一朝一夕では絶対に成し遂げられない仕事だった。

(美しい)

心からそう思った。均整でも細密でもない。侘びでも雅でもない。果てしない時の力、自然の気まぐれが生んだ奇跡の力。大きさや迫力そのものが持つ単純な美しさだった。

火を起こした。眺めているうちに、日が暮れ始めている。飽きることなく、長慶は土柱を眺めた。黄昏色の光。白い月の光。時間の経過とともに、土柱もまた表情を変えた。この光景が、なぜだか巨大な仏像のように思えた。

 

月が天頂に昇った頃、長慶は静かに涙を流していた。母を失ったことが、ようやく胸に浸透し始めていた。父に続いて、母をも失った。戦続きの世の中とはいえ、三好家の短命は一際目立っている。康長、長逸、そして宗三や孫十郎といった縁戚たちはともかく、本家には長慶とその弟妹しか残っていないのだ。父と母への親愛、暗黒に閉ざされた未来、人の世を支配する無常。繰り返し思い、情念が激しく渦を巻いていく。長慶は咽び泣いた。周囲には誰もいない。闇の中、大声を上げて泣き続けた。

 

空が白み始めた。陽が昇る。朝日が土柱と長慶を照らしていく。天道。お天道様。どのような時でも、変わらずに光は天にあった。顔を上げた。輝く土柱が、身体を抱きとめてくれた気がした。阿波の大地の力、吉野川が育んだ力が、身体に漲ってくるようだった。

「未来が暗黒ならば、照らしてみせよう。世が無常ならば、意志と祈りを遺そう。永劫の、時をかけて」

立ち上がった。身体が軽い。色々な迷いが、嘘のように晴れていた。

「父上。母上。さらばです」

 

「殿―!」

長逸の呼ぶ声が聞こえた。気になって様子を見に来たのだろう。

「おおい、こっちだ。――すぐに軍議を開くぞ。色々、よい考えも思いついたわ」

 

続く