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きょう、(小説 三好長慶)

近世のきのう、中世のあした。三好長慶の物語

二十九 蝉取の段  ――畠山高政 鬱憤を根来衆にぶつけ、足利義輝 長慶包囲網の結成を急ぐ――

二十九 蝉取の段

 

これまで見てきた中で一番の怒りようだった。

天文二十一年(1552年)の正月、義輝と長慶の和睦が成った。公方からは、偽りの和睦と聞いている。三好家を安堵させておいて、裏で大掛かりな謀略を描いているとのことだ。無論、なまなかのことでは長慶は信用しない。三淵晴員は長慶を“御伴衆”に任じることで歓心を買おうとしたらしいが、これは鼻で笑われたらしい。そこで、晴員は氏綱の細川家家督継承と、六郎嫡子の人質供出まで譲歩したのである。この交渉の経緯は若狭にいる六郎には一切知らされなかった。気がつけば、あれだけ執着してきた家督を失い、近江に預けていた息子を差し出されてしまっていた。

何日経っても、六郎の怒りは静まらなかった。宗渭や香西元成も、近づくだけで当たり散らされる始末。そのうち、頭に血が上り過ぎて失神してしまい、それ以来ずっと寝込んだままでいる。宗三の戦死、京からの撤退、度重なる京回復の失敗など、疲れも溜まっていたに違いない。

宗渭自身、昨年は相国寺京都府京都市)で大敗を喫していた。丹波衆の助成を借りて洛中に進出したが、松永兄弟によって叩き潰されてしまった。敵の兵数は二万とも三万とも言われた。三好家の動員力を見せつけられた結果、公方と六郎は自力での京回復を断念せざるを得なくなった。それどころか、相国寺炎上の責任を三好家に押し付けられ、民からの評判は散々なものになっている。帰京した義輝も居心地の悪い暮らしをしているに違いない。

公方の考えている謀略の詳細は知らされていないが、情勢は悪くなるばかりのように思える。丹波では先の敗戦、三好長逸と松永長頼の侵略、内藤氏の離反などが効いていて、波多野晴通の勢力は縮小する一方だ。ここ、若狭は交易で栄える港町であり、この地を治める武田氏はかなりの権勢を有していたはずが、実際に来てみれば家中の諍いが激しくて頼りにならない。何より、近江では六角定頼が病没してしまった。跡を継いだ義賢は打倒三好の思いは強いものの、肝心の実力の方がいまいちである。これだけの悪条件が揃えば、晴員が一旦の和睦を義輝に進言したのも無理はない。

(俺はどうしたらいいのだろう。……父上なら、どうされるであろうか)

一人で思い悩むことが増えていた。六郎に付き従うものは百名程度で、まともな相談相手にも事欠く。六郎の心身は痛むばかりであるし、元成は軍務一筋、弟の為三は幼い。

八上城に残してきた母のことも気がかりだった。生気を失い、毎日山野をふらふらと歩いては花や野草を摘んできて、宗三の霊前に供えている。晴通が情け深く面倒を見てくれているが、誰かに心を開くことはないだろう。

宗三の死ですべてが崩れ去ってしまった。細川家も、宗渭の家族も。

(やはり、俺が死んで父上が生き残るべきだった)

江口の戦いのことは、悔やんでも悔やみきれなかった。自分が不甲斐ないせいで父が身代わりになったのだ。実際、六郎からはことあるごとにそう言われた。同感だから、宗渭も唇を噛む以外にない。

せめて、父の代わりに六郎を支えたいと思う。六郎は、駄目なところばかりが目につくが、放っておけない不可思議な魅力もあった。他の内衆はどうか分からないが、宗三と宗渭にとっては、己の力を最大限まで引き出してくれる名君なのだ。これは義輝にも長慶にもない、六郎だけの徳である。

父には及ばないまでも、何かできることはあるはずだ。眠る時も食べる時も出かける時も、宗渭は一心不乱に考え続けた。

 

  *

 

気がつけば、商売が楽しくて仕方ない。

長慶の宴や連歌会で食材発注を仕切り、之虎が創りだした藍染生地の大半を独占、冬康には破格の値で船を出させた。一存は武勇しか能がないが、民からの人気はすこぶる高い。白布に一存の手形を取って店先に張り出したら、見物客が集まるようになった。強くなれるようにと手形に手を当てて喜ぶ子ども、厄病退散と拝む年寄りなど、ちょっとした評判になっている。

兄弟たちには苦い顔をされたが、お蔭で身代は随分大きくなった。会合衆の寄合では与四郎の発言が重みを増しているようだし、大きな商いの口が頻繁に舞い込むようになってきている。そして、夫は茶の湯に思う存分精を出すことができているのだ。

「……なのに。あの人ったら、ありがとうって言うどころか家に寄りつこうともしないのよ。そんなの、おかしいと思わない?」

やもめ暮らしの長慶を見舞いに来たのだが、かれこれ一刻以上もいねが話し続けている。

「う、うむ。そうだな」

「それによ。天下一の茶人になるんだって期待させときながら、ぜんっぜんそうなる気配がないの。紹鴎殿も今井宗久殿のことがお気に入りみたいだし、物持ちの津田宗及殿もいらっしゃるし」

「ああ、今井宗久の名は私も聞いた」

「もともとは大和の人らしいんだけどね。明人が大好きな椎茸を仕入れるのが上手くって、明との密貿易を成功させちゃったのよ。それがきっかけで、皆から重宝されるようになった訳。もちろん、本人の才覚あってのことだけど」

「ほう」

「じゃああんたのうだつが上がらないのは銭が足りないからなのねって、私が駆け回って商売を繁盛させたんじゃない。それなのに、礼も言わないわ名も上がらないわ」

長慶はいねの話を聞くのに慣れている。与四郎のように苛ついてぎゃあぎゃあ言い返さず、程よく相槌を入れてくれる。胸がすくような思いであった。

「まあ、あまり夫のことを悪く言うな。与四郎も試行錯誤しているのだろう」

「色んな人の言うことを真面目に聞き過ぎて、どうしたらいいか分からなくなっちゃっているのよ。こないだも、自分で茶湯座敷を造りたいからって、わざわざ私にまで意見を聞いてきたの。私に聞いてどうするのって」

「それで、どうしたのだ」

「散々に言ってやったわ。侘びとか山居のようにとか言う癖に、全然そうは見えないんだもの」

「ふむ」

「だいたい、あの人は視野が狭いの。茶湯座敷の広さがどうとか暗さがどうとか言う前に、一歩外に出たら隣の家がまる見えな方をなんとかするべきだわ」

「そう伝えたのか」

「言ったわよ」

「ふふ、それは完成が楽しみだな」

いねは、与四郎の才を心底では認めていた。認めているからこそ、与四郎が世間から認められないのが口惜しい。長慶のように温かい目で見守ることなどできなかった。

「あ、あのう。そろそろ、殿に裁決を」

長慶の家臣が襖から顔を覗かせた。確か、石成友通とかいう実務方だ。

「ちょっと! 後にしてよ、せっかく兄妹で話しているのに、見て分からないの!」

ぴしゃりと言い放った。友通は青ざめたが、諦める気はなさそうである。書類をちらちら見せつつ、健気に長慶の方へ視線を送り続けている。

「待て待て。仕事を済ませてくるから、奥で時間を潰していてくれ。どうせ泊まっていくつもりなのだろう」

「もう。早くしてね」

「ああ」

友通の背後で喝采が聞こえた。どうやら、家臣一同を代表して水を差しに来たらしい。ああいう役目を率先して引き受けたというなら、なかなか使えそうな番頭である。

 

「うまいな、この葱」

「でしょう、難波葱の上物よ。あのおたきって女中はなかなか料理上手だわ」

兄妹で夕食の膳を共にしている。葱と野鳥を炙り焼きにしたものと、葱を多く入れた味噌汁。いずれも、手土産に持ってきた難波葱の真価を充分に引き出していた。難波葱は甘みとぬめりが強く、肉や汁物とよく合う。ひと口ふた口と齧ればかっかと身体が火照る。嫌なことを何もかも忘れさせてくれるくらい鮮烈な旨味で口中が洗い清められる。多忙な長慶の養生に繋がれば幸いだった。

「千ちゃん、大きくなったわね」

「身体はな」

「いくらなんでも、厳し過ぎるんじゃないの」

「……」

千熊丸は、長慶の家臣たちから最高の教育を受けている。本人もそれをよく吸収している。それなのに、彼の心が満たされていないのは明らかなのだ。原因は分かり切っていた。

「もう、いいじゃない。あまねさんを迎えにやれば、波多野だって頭を下げてくるわよ」

「あまねは東国にいる。もはやそれも叶わぬ」

「なんでそんなこと知っているのよ」

「……未練ではないぞ」

「意気地なし」

あまねを失ってからの長慶は明らかに心身を消耗させている。やもめ暮らしとは、心安らぎ、疲労を癒す時間がないことを意味しているのだ。千熊丸と違って不満や鬱屈を表に出さない分、長慶の孤独は一層深く、激しく身体を蝕んでいくはずなのだ。

元長が逝ってからのつるぎもそうだった。子どもや親族に囲まれようが、伴侶のいない暮らしはどこまでも悲しく、寂しく、絶望という傷穴に寿命という痛み止めを塗り続けるようなことになってしまう。

「少しでも私欲が混ざれば崩れ去ってしまう。私の立場は、それほどに脆いものでな」

「それで、いまでも葱くらいで大喜びするような暮らしをしているのね」

見たところ、長慶の生活は堺のそこそこの商家と変わらない水準だった。仮にも天下を制している男が、である。贅沢で気分を誤魔化すようなこともできない兄なのだ。

「うまい葱を食べて喜ばないような男など、つまらんだろう」

「本当に、そのうち千ちゃんに出奔されてもしらないわよ」

「それならそれでいい。あいつに籠の鳥は似合わん」

「嫡男に向かって言う言葉とは思えない。大事に思っているんでしょうに」

「大事だからこそ、あれの思うようにやらせてやりたい。思うようにやれるだけの力をつけてやりたい」

「手を貸し過ぎるなってこと?」

「人に考えてもらう癖がつくことは、何よりも危険だ」

「……」

偉大の兄の言うことである。突拍子もないようで、実は理に適っているのかもしれない。

「うちの子も、そうなのかしら」

「苦労しているのか」

「やんちゃばかりして、言うことをちっとも聞きやしない。あれも、あの子なりに考えているのかな」

「単にお前に似ただけだろう」

「ちょっとお、もう!」

腹いせに、長慶の焼き葱を食べてやった。

「ああ! 何をするのだ!」

奪われた長慶は、本気になって怒っていた。

怒らせて気を晴らさせること、おいしいものを食べさせて喜ばせることくらいしか自分にはできなかった。

 

  *

 

宗渭からの手紙は、孫十郎の胸を震わせた。

哀願するでも、虚勢を張るでもない。いまの境遇と心境を訥々と語るように記してある。飾らない文章の中にはどこか宗三に似た息づかいも感じられて、柄にもなく感傷的な気持ちになってしまう。

孫十郎にとって、宗渭は弟子のようなものである。父譲りの才気はあるのに、あまったれた性根が成長を阻害していたものだ。それだけに、かわいい奴でもあった。

そんな男が、いまではいっぱしの武将になっている。落ち目の六郎を支え、健気に耐えている。そのことが無性に羨ましい。長慶の縁戚である孫十郎は、いまでは政権の一柱のように目されていた。しかし、自分は政治のことはよく分からない。知りたくもない。長慶が何をしたいのかも想像がつかない。関心は所領の安堵と次の戦、それに自分の命運くらいなのだ。

畿内の治安がよくなったこともあって、西国街道を行き来する人の数が増えている。芥川宿にも活気が出ていて、いつの間にか税収がすごく増えていた。家来は喜んでいたが、儲かるから戦をしない方がいいというのは如何なものかという気がする。

江口の戦い以降、肌がひりひりするような、小勢で大敵に挑むような戦はなくなってしまった。公方との戦いにせよ六郎との戦いにせよ、長慶が圧倒的に優勢なのである。それで、全力で襲いかかるというよりは、向こうの命までは取らないように数で脅し、裏で交渉を重ねるような戦ばかりだ。

長慶の戦が変わってしまった。己の命運をかけて軍を率い、予想だにしない鬼謀で敵を翻弄し、意外なほど勇敢に突撃していく、あの長慶はもういない。いまの長慶の戦は、政治の延長線でしかないのだ。

一言で言うと、つまらなかった。

長慶が公方を追い出せば日本中の大名が攻め寄せてくるものだと思っていた。そのことは恐ろしかったが、楽しみでもあり、覚悟もしていた。それが、“長慶は特別だから”ということでなぜか丸く収まっている。

代わりに、暗殺の恐怖というものを思い知った。あの用心深い遊佐長教が殺された。大和の筒井順昭も毒を飲まされたとかで、既に順昭は死んでおり、影武者を立てていると噂されていた。

「公方は裏切りを許さない。次の標的は孫十郎殿との風説ですから、よくよくご身辺の警戒は怠りなく」

先日訪れた近江商人は、こう話していた。芥川山城を落とせば、京と摂津を分断できる。いかにもありそうな話だった。

戦で死ぬのはいい。男らしく散れば、勇名を遺すことにもなる。

暗殺は嫌だ。怖いし、防ぎきれない。長教の死体は見るも無残な有り様だったと聞いている。

そう。公方や六郎は、平気で人を成敗するのだ。今更ではあるが、それは長慶との大きな違いだった。長慶は“特別”かもしれないが、あくまで我々国人衆の代表者であり、決して主君ではない。長慶には我々を裁く大義がないのである。現に公方を裏切った遊佐長教、六郎を裏切った池田信正は殺されたが、長慶に反抗した伊丹親興たちはそのまま所領を安堵されている。

民の安寧と支持を第一に考える限り、国人衆に苛烈な態度で当たることはできない。それは、長慶の唯一にして最大の弱みなのではないか。

(どうしたことか、今日のわしは……)

所領の安堵、湧き立つような戦、謀殺の回避。そのために自分の取るべき道は。

何か考えが纏まりそうな気がしたが、頭を使うと急に腹が減ってきた。続きは、飯を食ってからにしよう。

 

  *

 

空は卯月雲。初夏の風は稚気を帯びて軽やかだが、その風も禁中にまでは届いてこない。

織田信秀献金で修復されたという築地は、京の雑踏から朝廷を完全に隔離していた。その信秀も、既にこの世の人ではないことを思い出す。跡を嫡子の信長が継いだが、尾張は内乱状態に入ったようだ。

直垂と烏帽子を纏うのは構わない。もったりとした公家言葉もたまにはいい。だが、御簾越しとはいえ、帝の視線を背に受けるのは緊張を覚えずにはいられなかった。

(なるほど、公方はこうなりたかったのだろうな)

そう思わずにはいられない。

二千年と二百年の差のせいか、伝説の神々から受け継いだ血脈のせいか、帝から感じる重みと威厳は義輝のそれとは桁が違っていた。誰も帝にはなれないのだと、理屈抜きに納得できた。清貧の道を選び、純粋な権威の化身へと至った存在。乱世を愁い、民の安寧を祈り続けているお方。帝だけは不可侵だ。この先、武家の世界で何が起ころうとも、この聖域が穢されることはないだろう。

その分、公家や官位の権威もしぶとく残り続けてしまうのだろうが……。この点は、痛し痒しである。

「謹んで拝受いたします」

かねてからの希望が叶って、宸筆の古今和歌集を賜った。少なくない額の献金に加え、連歌での名声、稙通による源氏伝授など、様々な積み重ねあっての栄典だった。これで、長慶の立場はますます“特別”になっていく。

「面を上げられよ」

九条稙通に声をかけられた。帝はいまだ御簾の中にあらせられる。躊躇して、顔を伏せたままでいた。

「叡慮でおじゃる」

今度の声は現関白、二条晴良だ。相応の威厳はあるが、長慶に対しては親しみを抱いてくれているのが分かる。申し渡し通り、少しだけ頭を上げた。

自分の面構えをご覧あそばされるというのか。冷や汗が背中を伝う。日頃眠っている意識がすべて目を覚ましたような、凍てつくような高揚を感じた。

「せやけど、ほんまにええんですやろか。匂い立つ貴公子みたいに振舞ってはりますけど、口さがない世間はその本性、兇徒や、梟雄や、いやいや大悪の大出や――と噂してんやて、なあ」

含み笑いを扇で隠しながら、若い公卿が口を挟んだ。公家の中でも貴種中の貴種、近衛前久である。稙通や晴良が主導したこの拝受に対して一言物申したいのだろう。御前でも思いのままに口を開くのが、かえって彼の生まれのよさを表している。

「うふふ、黙ってしまわれたか。可愛や侍、朴訥は武家の面目よの。それにしても手習に勅筆の古今とは、ちとおねだりが過ぎるん……」

 

ふくろうの黒うはなくて耳づくの耳のなきこそをかしかりける――

 

嫌味を遮って歌を一首詠んだ。あくまで長慶は澄まし顔である。不意を突かれて前久は顔を赤く染め、反対に稙通や晴良は口元に喜びを浮かべている。そして、御簾の中からも楽しげな笑い声が漏れてきた。

「“文机”に向かいたいと解くのですね。面白い男」

咄嗟に再度平伏した。玉音。直接、我が身に。居並ぶ公卿たちも一同、驚愕の態だ。

帝はその言葉だけを残して、静かに部屋から去っていく。

御簾の向こうの気配がなくなるまで、長慶はそのまま微動だにしなかった。

 

  *

 

遊佐長教の死後、河内と紀伊では畠山重臣同士の暗闘が起こった。

長教を殺した者は公方の手の者である。だが、重臣たちは他に真相があると言い、互いが元凶であると非難しあった。彼らの中では、長教の横死すらが陰謀の道具だった訳だ。

結果として、三好長慶にすり寄った安見宗房が政争に勝利した。もともと木沢長政の腹心だった彼は、尾州家では新参者に過ぎない。それが、並み居る有力者たちを懐柔し、あるいは滅ぼしたのだ。長慶とて背に腹はかえられなかったのだろう。河内の安定を図るためには、力ある誰かに肩入れするしかなかった。たとえ、自分を憎んでいるであろう木沢一派の残党であっても。

確かなことは、高政の立場は何も変わらなかったということだ。武家の中でも最高峰の名門、畠山家の御曹司として生まれながら、やっていることは替えのきく神輿に過ぎない。父は長教の方針に反対しただけで追放され、のたれ死んだ。高政が新当主として据えられたが、仕事は何もなかった。長教を睨んでも、一笑に付されただけである。

新たに実権を握った安見宗房も、その点は変わらない。長政の薫陶を受けただけあって、そもそも貴種に敬意を払うつもりなどはさらさらないようだ。しばらく紀伊で過ごしたいと言っても、宗房は頷いただけで、何の反応も示さなかった。ああそうですか、お好きにどうぞ。それくらいしか感じなかったのだと思う。横顔に蹴りをくれてやるのを我慢するのに、かなりの努力を要した。あんなうらなり野郎、一対一ではどうということもないのに。

 

紀伊では、重臣の一人である湯川直光の館に滞在することにした。彼の居館は小松原(和歌山県御坊市)にあって、金山寺味噌とたまりの名産地である。新鮮な魚介や山菜も豊富にあり、飯がやたらにうまい。

小松原を足場にしつつ、高政は紀伊国を見物して廻った。

紀三井寺、雑賀の賑わい、和歌浦の風光(いずれも和歌山県和歌山市)と巡ってから、紀の川に沿って根来寺和歌山県岩出市)を目指す。

途中、川岸で鉄砲の調練をしている法師武者を見かけた。指揮官の号令に合わせて轟音が鳴り響き、同時に板が割れる。なかなかの腕前と、鉄砲の品質だった。

「おうおう、それが噂の“根来筒”かよ。ちょっと貸してくれや」

愛想を言ったつもりだったが、僧兵たちの間に警戒が走った。こちらを不審に見て取ったらしい。

「なんだお主たちは」

「妙に身なりのよい奴。三好の者かもしれん」

髭面の指揮官が高政の腕を掴もうとしてくる。ぞんざいに扱われるのが癇に障って、近習が止めに入る前に相手を蹴り倒していた。鳩尾に一発、顎にも一発。子どもの頃から、蹴鞠も人を足蹴にするのも得意だった。殴るよりも爽快で、単純に楽しいのだ。

髭男の首を踏みしめて喝破する。

「“誰”に上等な口を利いてんだよう! ああ? 腐れ坊主が、どうせ経もろくに唱えられねえんだろう。その汚ねえ舌、引き千切ってやろうか。らあ!」

気持ちよかった。お飾りの当主に据えられて以来、こうやって啖呵を切ったことはない。長教や宗房などと違って、押込められて身柄を拘束されたり、刺客を送り込まれたりという危惧もない。ここは久しぶりに、気に入らない奴に対して思う存分暴力を振るってやるか。

だが、近習が死に物狂いで高政を羽交い絞めにしてきた。根来寺との友好に亀裂が入ってはまずい、堪えてくだされと頼み込んでくる。根来衆も、こちらの素性を説明されて恐れ入ったようだ。

「ちっ、いいじゃねえか。こいつらだって血の気が余ってるから鉄砲なんざに現を抜かしてやがるんだ。そうだろ、てめえらも“暴れ”足りねえよな? ああ面白くねえ、面白くねえ――」

「知らぬこととはいえとんだご無礼、何卒ご容赦くだされ」

「うっせえな。しょうもない口上垂れる前に名乗ったらどうだい、ええ? “筒自慢”の坊さんよ」

「されば、拙僧は往来右京と申す者。これらは手塩にかけて育てた根来鉄砲衆にござります」

「おう。じゃあ右京よ、そいつは“誰”と戦うための鉄砲なんだい」

「そ、それは拙僧の考える事ではございません」

「はん、じゃあ“案内”してくれや。鉄砲の“向け先”を“考える”奴によう」

「は、はは!」

供に右京たちを加えて、根来寺に向かう。

奔放に振舞った方が、やはり楽しいものだ。蹴られたことも気にせず、右京たち坊主は高政にあれこれと道すがらの風景を説明し、機嫌を取ろうとちやほやしてくる。

五畿内から遠くなればなるほど、“貴種”であることだけで人は高政に優しくなるのである。

紀伊に来てよかったと、あらためて実感した。

 

  *

 

「ご自身で政務を執られるとして、何かやりたいことはあるのですか」

長慶のその一言で、室町御所の一座は完全に凍りついた。

「……もう一度申してみよ」

「五十年後、百年後の日ノ本をどうしたいのかと伺ったのです」

涼しい顔を崩さない。義輝のことなど歯牙にもかけていないことがよく分かった。

「誰に何を申しているのか、分かっているのだな」

「お蔭様で御伴衆に加えていただきました。主君と家臣の率直な会話もまた楽しからずや」

「長慶、汝は……」

歯ぎしりしながら長慶を睨みつけた。傍らの藤英は激昂を面に出しており、もう一方の藤孝は瞑目している。長慶が朝廷にはそれなりの敬意を示していると聞いて、公方への忠誠を呑ませる余地もあるのではないかと考えた。しかし、その目論見がいかに甘かったかを義輝は痛感し始めている。公方に大政を奉還してみればどうかと軽く振ってみた結果が先ほどの返答だった。

「民が上様の政を望むならば、私は喜んで楽隠居いたしましょう」

「余の治世など求められておらぬと申すか!」

「まあ、落ち着かれませ。民が公方を望んでいるなら、なぜ細川の政権などが産まれたのです」

「決まっておろうが。政元、高国、六郎。彼らの野望が道理を踏み躙ったまでよ。長慶、汝もそうだ」

「……野望と、民の欲求に従う素直さは紙一重だと思いませぬか」

「なんだと」

「英雄。風雲児。中興の祖。……民は特異な存在を求めるものです。とりわけ、乱世においては」

「汝は何が言いたいのだ」

「民が望むから、傑出した人物が産まれる。特別な誰かが現れるということは、世の仕組みが疲弊している何よりの証なのです。清盛。頼朝。公方となった尊氏公、南北朝を合一した義満公もそうだったでしょう」

口中で血の味がする。恐れ多くも尊氏や義満の名を挙げて義輝を諌めるとは。

「公方が汝を産んだとでも」

「いまの公方よりは、後醍醐帝の方が余程優れたお意気込みをお持ちだったのでは」

「いい加減に……」

「親政が、失われた過去が目的になってはなりませぬ。上様が民に輝く未来を指し示してくださるのならば、この長慶、身命を賭して御伴仕りましょう」

「おのれ、黙らぬか! 出て行け、消えてなくなれ!」

「ふふ。今日は腹蔵なく語りあえて幸いでした。それでは、御免」

慇懃に平伏し、長慶が退出していく。

ほとんど手の付けられていない膳の上に、義輝は血の塊を吐き捨てた。慌てて藤英がすり寄ってくる。

「何度、斬り殺してやろうかと」

「……うむ」

「口を開けば、民、民、民……」

「まことにな」

「蝉ですか、あいつは」

「くっ、それはいい。そうか、長慶は蝉か」

「蝉は長くは生きられぬ定め」

「ふん。晴員と晴舎が進める策略、“蝉取”と名付けようではないか」

「それは妙案。あの蝉野郎も、止まっている木が倒れていくとは思いますまい」

「数々の無礼、堪忍するにも限度があるわ。……藤英。晴員に事を急ぐよう伝えよ」

「はっ」

きびきびと藤英が出ていった。父の晴員に似て、頼りになる腹心である。

長慶とて、公方がいまも謀略を企てていることくらい気づいている。晴員や晴舎、あるいは藤英といった実行部隊から三好家の目を逸らさせるために、老臣、上野信孝らが身を挺して反長慶を標榜していた。これで、ある程度は時間を稼げるはずである。衰えたとはいえ、まだまだ公方に人は多い。

 

二人になって、部屋に残っていた藤孝がようやく口を開いた。

「よいのですか。練り込みが足らぬ気がいたしますが」

「遠国の大名が間に合わぬのは承知している。それでも、長慶に与える衝撃は大きいはずだ」

「政。何を成すべきかの話です」

「長慶の言うことを真に受けているのか」

「現に、一言も返せなかったではありませぬか。長慶を成敗できたとしても、このままでは朝廷や寺社からは侮られてしまいましょう。長慶は古今東西の知識事例をよく修め、交易を奨励し、相論を鎮めています。やんわりとですが、家格ではなく実力が物を言う世界に民を導こうともしています」

「あれのどこがやんわりだ」

舌打ちをしたが、藤孝の真顔は動じなかった。義輝は、なぜか藤孝には頭が上がらない。

「ただ長慶を排除するだけでは、長慶に勝ったことにはなりませぬ」

「……お前は、長慶を立てるのう」

「ええ、尊敬しています」

「まだ、余は追いつけていないと言いたいのだな」

「近くに見て、余計に遠くお感じでしょう」

「……」

「おや、図星でしたか」

いちいち的確である。

義輝自身、自分と長慶の差が何なのか、はっきりと言葉にして分かっている訳ではない。

だが、民、公家、坊主に神官。両者に対する人々の接し方で、二人に違いがあることだけはまざまざと見せつけられている。

武力か、歌や古典の才か、それとももっと根源的なものなのか――。

「余と長慶の力が等しければ」

「家格の分だけ、上様が優位に立てましょう」

「そうなっていないということは」

「何かが足りない。早く“見つける”ことですな」

言い逃れることはできなさそうだ。腹立たしいが、藤孝の言うことはいつも筋が通っている。

長慶は、何をやりたいのかと問うてきた。

藤孝は、何かが足りないと迫ってきた。

果たして、己は何者なのだろうか。自分の芯にあるのは、義晴が遺した京への執念だけという気がする。

「……それはそれ、蝉取は蝉取だぞ」

「やがて死ぬ、景色も恐れず――。長慶もある程度覚悟はしていましょう。本当に、美しい男です」

「もうよせというに。少しは余を援けてくれたらどうだ」

微笑んで、藤孝が酒を注いでくれた。釈然としないが、背中を押されているような気分にはなってしまう。

長慶に勝つ。そうすれば、真に京を取り戻すことができる。

闇雲であっても、邁進を止める訳にはいかないのだ。

 

続く