きょう、(小説 三好長慶)

近世のきのう、中世のあした。三好長慶の物語

三十六 虫かごの段  ――三好慶興 初陣を飾り、石成友通 近江商人を接待す――

三十六 虫かごの段

 

味方の軍勢が京を埋め尽くしている。既にその数は一万五千。しかも、動員した兵は長慶・慶興父子、京周辺の長逸、摂津下郡の久秀だけで、長頼、之虎、冬康、一存、長房など、三好家戦力の大半は温存しているのだ。

対する公方勢は僅かに三千程度。いまでも足利家に忠誠を誓う朽木周辺の地侍と、細川六郎残党、六角義賢に借りてきた若干の近江衆……などの寄せ集めが瓜生山や如意ヶ嶽(共に京都府京都市)に陣取っている。世間に健在を示すために挙兵したはずが、吹けば飛ぶようなその軍勢はかえって京童の物笑いの種になっていた。五年の流亡は、こちらが思っていた以上に残酷だったのかもしれない。

「じゃ、ちょっと先陣切ってきますね」

そう言って馬を進めようとした慶興の肩を、すかさず長慶が掴まえた。

「待て。初陣で気が逸るのは分かるが、大人の指示があるまで動いてはならぬ」

「そうじゃないんですよ。父上だってお分かりでしょう、敵陣の備は士気にムラがある。死ぬ気の奴もいれば嫌々付き合っている奴もいる。こういう時は鼻先に一発ぶちかましてやるんです」

「……之虎のようなことを言う。だが駄目だ、断じて許さぬ」

「俺を信じてくれないんですか!」

「初陣の子どもを先駆けに使う親がどこにいる!」

「そういうくだらない面子を取っ払ってきたのが父上でしょうが!」

「お前の身を案じているのだ!」

「ご自身こそご用心、俺が公方だったらこの機に刺客を送り込みますがね!」

突然始まった父子喧嘩に周囲の兵たちが騒然とする。長慶の怒鳴り声など聞いたことがないはずだし、慶興の人物はよく知られていない。長逸や久秀が別の陣にいるため、仲裁できる者もいなかった。

慶興には確信があった。慶興が正しいことを言ったから、驚いた長慶が感情を面に出したのだ。長慶が正しいと思っているということは、つまり絶対にその通りになるということなのだ。

動くならいまだ。敵が一手動く前にこちらが二手動くのが戦の肝である。初陣の自分を構って動きが鈍くなってしまってはつまらない。恥ずかしい。足手まとい。

長慶の後方を指差して叫んだ。

「父上、危ない!」

その声が終わらぬうちに周りの兵が一斉に長慶を囲んだ。長慶だけは息子の虚報を見破っていたが、数十名の精鋭にまとわりつかれてはどうしようもない。

「違う、慶興を押さえよ……」

「行って参りまあす! エーイ!」

間隙を縫って駆けた。慌てた兵たちが後からついてくるが、速度を落とすことなく敵陣に突っ込んでいく。

 

単騎で走ってくる慶興を見て、明らかに士気の低い敵の備は判断が遅れたようだった。槍衾をつくるのも忘れてざわざわこちらを指差している。思い出したように矢を放つ者もいたが、すべて長巻で叩き落とした。

「はっはは驚破しやがれ!」

弓を構えた敵兵から、一人、二人と叩き斬っていく。敵陣は完全に腰砕け、心底から驚いていた。

「どうしたどうした何しに来たんだお前らよう!」

逃げようとした奴を馬で追い散らし、踏み止まろうとした奴をぶった斬る。楽しい。東国への旅以来、久々の昂りだった。楽しい、楽しいじゃないか戦!

「お待たせえ!」

勝正だ。慶興が穿った敵陣に、勝正率いる摂津の若侍たちが乱入してきた。どいつもこいつも、慶興と勝正で鍛え上げた気のいい奴らである。これで戦力は十倍、勇気は百倍だ。

「よっしゃあいけいけやっちめえ!」

押す。ひたすらに押す。二百人近かった敵の備えが、僅か三十人程度のこちらの勢いに退いていく。

“ドオォン!”

耳を破るような鳴り物、地を揺らす大軍の駆け足。長慶の本隊が近づいてくる。これで、敵方の動揺は恐慌に変わった。瓜生山の茂みへ我先にと争うように逃げ込んでいく。

「ようしいまだ、退却!」

「ええ、追撃じゃないのか熊さんよう」

「退却ったら退却だ! 急げ!」

「エ、エーイ」

あんな連中を追っ払っただけでは敵全体の士気は揺るがない。鼻面をぶん殴るのはこれからだ。

それに勝正にはもっと大きな手柄を上げさせなければならぬ。出奔の責を負って返上した勝正の領地はいまも回復していないのだった。

 

長慶に全力で詫び、その上で鉄砲衆の借り受けを頼み込んだ。長慶は慶興の企みを即座に理解し、快く百名からの鉄砲足軽を用意してくれた。但し、その前に胸板を本気で殴られ、兵が見ている前で悶絶させられてしまったが。長慶の鉄拳を受けた慶興の鎧は胴の部分が大きくへこみ、元には戻らなくなった。

殴られたのは仕方ない。軍規に反したのだから牢に放り込まれてもおかしくはない。しかし、立ち上がった慶興に対して、兵たちは蔑視を向けるどころか褒め称えるように集まってきたのだった。そして、長慶の拳の跡が残った鎧が羨ましくてならぬと撫でまわす。

長慶はただ苦笑いするのみである。

「急いでいるのだろう」

「そ、そうでした。もう一度行って参ります!」

 

前線に出していた部隊がやられた時、必勝を誓う敵側の中核がやることは決まっている。すぐさま挽回し、士気の回復に努めることだ。先ほどの慶興同様、腕に自信のある小勢を繰り出し、大暴れして、さっと退く。皆の溜飲は下がり、一丁腰を据えて籠城しようかという気にもなってくる。

果たして、瓜生山からは一団の屈強な男たちが駆け下りてきた。旗印を見るに六角家の援兵のようだ。落ち目とはいえ六角武者の武勇はよく知られている。初戦の贄には最適な相手だった。

同数程度の兵をこちらも繰り出し、小競り合いの末、わざと後退させた。山の麓から町中へ……。本陣からは離れたところへ……。敵は勝機とばかりに追ってくる。見物していた公家や坊主が慌てて逃げていくのが見えた。逃げなければ、じきに面白いものが見られたものを。

退く。六角家が誇る強弓、なんとか盾で防ぐ。この弓矢だけは本当に侮れない。

更に退く。町並。四つ辻。ここだ!

「野郎ども!」

長巻を天にかざした。陽光、慶興を包む。同時に潜んでいた鉄砲衆が民家の屋根の上に姿を現す。

「括目! 驚破!」

四叉路に入り込んだ敵衆に、四方から鉄砲を撃ち込んだ。轟雷と共に叫喚と血煙が湧き起こる。

「勝っちゃん!」

「エーイ!」

槍を構えた勝正が、かろうじて生き残った敵兵に向かって飛び込んでいった。

「はははは、一日に二度くらい勝ってみせなきゃ父上を追い越せねえよな」

からからと笑ってみせる。周りでは勝ち鬨が上がった。まずはここから、よしよしこの調子である。

 

  *

 

第一戦の惨敗は直ちに自陣に広まり、六郎一派が籠る如意ヶ岳は失望に染まっていた。

近江で無理やり集めた地侍を小手調べに前進させたところ、たちまちのうちに敗走してしまった。怒った三淵藤英が六角家の強兵と共に反撃に出たが、敵将に上手く誘導され、壊滅的な被害に遭ったのだ。藤英は命からがら逃げ戻ったらしいが、既に逃亡する兵も出始めているという話だった。

病を押して出陣してきた六郎はこの報を聞いて気分が悪くなったのか、陣幕の中で眠りに落ちている。勝利が何よりの妙薬、敗北がこの上ない害毒だった。長慶への復讐を遂げるために勇んで参戦したが、結果として六郎の身体を更に痛めることになってはしないか。

六郎だけではない。丹波から若狭に逃れてきた母の具合もよくなかった。これまで面倒を見てくれていた晴通が丹波を奪還すべく出陣したため、いまは弟の為三だけで看病を続けている。母が生きているだけで羨ましいと晴通は言ってくれたが、亡き父の姿を求めて徘徊する姿を見るのは辛い。

手詰まり感があった。

この戦、やはり勝ち目はない。公方が期待していた、遠国の大名が駆けつけてくれるような都合のいい話などありそうになかった。今川家や甲斐の武田家などには六郎もせっせと手紙を出していたが、生返事のようなものしか返ってこなかったようだ。領国を獲りあっている大名が戦をやめて仲良く上洛してくるなど、幼児の妄想のようなものだ。そんな妄想でも頼みとせざるを得ない自分たちが情けなくてならなかった。

民の間では、“公方が三好殿に謀反”と言い広まっているらしい。天地が逆転したような話を違和感なく語りあう民草に違和感がある。だが、世間は確実に長慶を公儀だと認め始めていて、我々のことは治安を乱す邪魔者だと考え始めている訳だ。

「思い悩んでいるな」

声をかけてきたのは香西元成だった。もともと讃岐の国人であり、一族の多くは十河家に降っているが、元成だけは返り忠を潔しとせずに抗い続けている。

「奇襲でも仕掛けようかと」

「やめた方がよい。長慶本人が出陣している。偵察に出てみたが、隙は微塵もなかった」

丹波で何度か侵攻を防ぐことができたのは、地勢、霧、敵方の連携疎漏に助けられたからだ。

「ならば本陣を」

「長慶の暗殺は無理だ。何百丁の鉄砲を潜ませてもいる」

「……俺に、浄玻璃の力があれば」

「焦るな。お主はよくやってくれている」

軍事一筋、武張った男が今日は随分と優しい。いつにない様子に何かの決意を感じた。

「元成殿?」

「そろそろ、殿の未来を考えねばならぬ時だ」

「と、言いますと」

「わしとお主、そして晴通殿。皆が揃って戦うばかりでよいものかな」

元成の言いたいことが瞬時に分かった。先に言わせてしまったことを面目なく思う。自分も同じことを考え続けてきたのだから。

「分担」

「分かるな、わしや晴通殿では難しい」

「晴通殿の妹御なら」

「そういう風に扱われるのが嫌で姿を消したのだろうさ」

「俺にとっても父の仇です」

「元は同じ一族だろう」

「……元成殿。ええ、分かっては、いたのです。しかし……」

落涙を止められない。元成の目にも光るものがあった。

行き詰まってはいても、割り切れるものではないのだ。

「宗三殿なら、何より殿のお命を大事になさるはずだ」

「……はい」

「楽な道を選び、難儀な道をお主に押し付けている。わしを憎むなら憎んでくれて構わん」

「滅相も」

「託したぞ」

事実、長逸や石成友通からの調略は伸びてきていた。誘いを受けつつ、こちらの要望はひとつでも多く呑ませる必要がある。そのような折衝や調整ができそうなのは宗渭くらいだった。実務ごとを得意としていた他の内衆は既に死んだり、逃げたり、裏切ったりしている。

六郎の陣幕と、瓜生山の本陣を交互に眺めた。どちらにも動きは一切見られない。

長慶の陣を見下ろせば、篝火が煌々と燃やされ、兵が活気よく動き回っているのだった。

 

  *

 

戦場からは少し離れた鴨川のほとり、下賀茂神社京都府京都市)からやや北に友通の京屋敷がある。この辺りは地代が高いため、普請は思い切った投資だった。自分の強みを活かすにはこれしかないと覚悟を定め、私財の多くを注ぎ込んでようやく手に入れた邸宅である。

暮らすための家ではない。閑静で、長慶の屋敷からも御所からもそう遠くはなく、典雅な気配が漂う。要は、接待のために設けた場所なのだ。

当代一の名儒と呼ばれる清原枝賢の講義は大受けだった。近江商人という者たちは志や人倫を尊ぶ性向があるから、明経博士が“商売に通じる論語”などと口にするだけで狂喜するのである。どれだけ財を成そうが京の貴人からは卑しい下種と見做されてきた者たちにとっては、商いに学問という背骨を持ち込むこと自体が偉大な発見なのだった。堺や奈良の商人が茶の湯を創造したのと同じように、いずれは近江商人も商いの聖道のようなものを大成していくのかもしれない。

無論、友通は商人たちの奥底に潜む葛藤や誇りを見逃さない。言葉を選んで相手の喜びそうなことを伝え、相手が口惜しがっていそうなことに水を向けては本音を引き出していく。場を三回ほど設けただけで、彼らと友通の距離はぐぐっと近づいている手応えが合った。

戦の才は二流だが、実務処理や接待の腕は一流だと自分で思う。もともとたいした生まれでもないから頭を下げるのは苦にならない。胃腸が強いから酒は幾らでも飲める。睡眠時間もあまり必要としない身体だった。何より、知らない人と付き合い、知らない話を聞くのが好きなのだ。

授業の締めに枝賢が言う。

「楽しみて淫せず、哀しみて傷らず。三好殿ほどこの言葉が似合う人物はいまの世におりますまい。釣合、均衡、調和、中庸……。その上でなお、独特の風韻までをも有しておられる。商家の方々にとっても範にすべきものがありましょう」

近江商人たちが大きく頷く。確かに。それに引き替え六角殿は……。定頼殿の頃は楽市楽座も上手くいっていたが……。口々に感想を漏らしあう。日頃から三好家に重宝されているだけあり、枝賢の弁術は聞き手を“その気にさせる”力に優れていた。

戦が始まり、商人は京で立ち往生しているのだった。迂回して近江に帰ることもできるが、それだと荷の運搬料が馬鹿にならない。戦があれば野盗の類が現れるから、慣れない道を行くのは危険も大きかった。彼らを保護し、仮の住まいや生活費を工面し、何なら一席設けてやる。地道な仕事だが、近江の調略や長慶の名声向上という点では効果が大きい。

松山重治や池田勝正などは槍働きで手柄を上げようと必死だが、自分はこっちの方が性に合っている。そして、長逸は存外こうした裏方の事績をよく見てくれているのだ。誰でも思いつく仕事は他の連中に任せ、友通は工作や分析を担当することが増えていた。普段は長逸の下で働いているが、長慶や之虎に直接報告する機会も出てきている。提案が採用されたことも一度や二度ではなかった。自由に使える資金や人手だって徐々に増えていく。

松永兄弟には先を越されたが、次に続くのは自分か、篠原長房であろうと思っている。五十歳を超えた長逸や久秀には頑ななところが出てきていた。直接会って話せばいいのに、自分の方から足を向けるのを嫌がったり、遠慮したりする。長慶の目を気にして、重臣同士で手柄争いのようになることも珍しくなかった。こうした中で長慶が重宝するとすれば、国主並の視座を有しながら、一実務者として走り回り、皆の間を取り持ってくれる能吏であるに違いない。それが出来そうな人物は自分と長房だけなのだ。

何度か顔を合わせて仕事をしたことがあるが、正直なところ頭の良さでは長房に敵わないと思った。だが、自分がいるのは畿内で、長房がいるのは四国だ。出世の機会は断じて畿内の方が多い。知恵の不足は泥臭い調整や礼遇の量で補うことができるはずだ。

そう思えばこそやる気も活力も湧いてくる。

「さあ皆様、宴に移りましょうず。今宵も奇縁おいおい機縁、近江と三好の友誼は商いによし世間によし五倫によし、経世済民理世安民でございますよ……」

 

  *

 

長慶がそれぞれの陣を視察して回っているのが分かる。

様子が見える訳ではないが、人が歩くほどの速さで歓声が起こっていく理由は他に考えられない。昔から長慶は妙に兵から人気があった。長慶に名や生まれを訊ねられ、うむうむと頷かれるだけで彼らはすっかり参ってしまう。きっといまも、いつもの薄藍色の素襖姿で兵たちに手を振っているのだろう。

喜びと誇りに満ち満ちたあの騒ぎは、まるで帝の行幸や英雄の凱旋を迎えているかのようである。晴員にはそれが我慢ならなかった。本来ならばあれは義輝に向けられるべきではないのか。どうして長慶のような逆賊に民はおもねるのか。偽善、擬装、欺瞞、すべてを凝縮したようなあの奸物に。民草が愚かなことは重々心得ているつもりだったが、とうとう善悪の区別もつかなくなってしまったのかと思うと遣る瀬無い。

やるべきことは数多い。天下を私する三好一族を滅ぼし、詭計に翻弄された朝廷や寺社の目を覚まし、邪心に囚われた民へ正しき振舞いを指導せねばならぬ。

ところが、どう考えても大義はこちらにあるのに、晴員に賛同する者が現れない。同僚の進士晴舎と彼が率いる晦摩衆、嫡子の藤英、落ちぶれきった細川六郎一派くらいしか心強い味方はいなかった。二男の藤孝は昔から何を考えているか分からない上、義輝に迷いを植え付けようとするところがある。本来は共に義輝を支えるべき奉公衆は、伊勢貞孝を筆頭に大半が長慶へ寝返ったままだ。守護大名どもは義輝に同情を寄せはするが、実際の行動に移す者がいない。それどころか三好に続けとばかりに、名分や家格に頼らず、実力で周辺地域を支配しようとする者が出てくる始末だった。

肝心の義輝も、最近はどうも様子がおかしい。長慶を打ち破るというより、長慶との対話を望んでいる節があった。そこに兵の損耗を渋る六角義賢が追従するものだから、晴員からすれば“勝つ気はあるのか”と愚痴のひとつも言いたくなる。

実際、戦況はすこぶる悪く、士気も低迷したままだ。初戦で三好慶興に大敗を喫しただけではなかった。若い慶興の活躍に触発されたのか、三好一族の長老格、長逸が尋常でない厳しさで瓜生山を攻撃してくるのだ。晴員も防戦に努めたが、高地の利があるにもかかわらず、槍を合わせれば必ずこちらが負けた。殊に長逸嫡子の三好弓介や長慶・長逸両名に重用されていると聞く松山重治の奮戦は凄まじく、多くの将兵が討ち取られてしまっている。

ここに至って、晴員は見たくなかった現実に向き合わざるを得なくなった。

味方はいない。世論は長慶の方を支持している。戦でも勝てない。外交で包囲網を築くこともできない。それでも、長慶の天下、長慶がやろうとしていることを認める訳にはいかない!

「どうしろというのだ!」

顔に当てていた扇子を投げ放った。利きの悪い左腕だったため、扇子はあらぬ方向に飛んでいく。

――しまった。そう思った時、ちょうど現れた晴舎の指が扇子を捕らえた。

「荒れているではないか」

「当たり前だ」

「報告。義賢殿は本気で和睦を考えているぞ。既に三好に使者を送っている」

「なんだと!」

普段は何も決められない癖に、こういう時だけ行動が素早いことに腹が立つ。

「中立の態で公方と三好の間に入れば、六角の評判は上がる。兵も減らない、民や家臣には褒められる。義賢殿の喜びそうなことだ」

「長慶が受けるとでも」

「案外受けるかもしれぬぞ。いや、むしろ受けた時の方がわしは恐ろしい」

「……なぜだ」

「京を追われれば、いっそ今川や長尾を頼って東国に行くこともできる。義稙公の前例だってあるのだ。だが、京に入れば我々は飼い殺しにされよう……。淀城(京都府京都市)に押込められている、細川氏綱のように」

「うむ……。あの淀殿は遊佐長教の手で廃人にされたのだったな」

「人はそう言うが、真相は分からん。長慶が氏綱の回復に尽くしたという話を聞かないことは確かだ」

「おい」

「おう」

「考えがあって来たのだろう。聞かせてくれ」

晴舎の顔をじっと見据える。よく見れば深い皺が随分と増え、眉や髭もすっかり白くなっていた。

「……人に頼るのはやめにしないか」

「む」

「二度も仕損じた。だが、三度目が大事との言葉もある」

この五年間、晴舎は晦摩衆の調練に心血を注いでいた。死人が出る、無関係の者を巻き添えにする、非情に卑劣を重ねた冥府魔道にその身を置いてきたのだ。

「いかにも……」

「年を取った。老い先短いこの命が道連れを欲しておるのよ」

「たとえ上様が望まぬやり方でも」

「歴史に悪名を残そうとも、わしは足利を守って死にたい」

「……晴舎」

「うん」

「よく言ってくれた。友よ、後世がどう評そうがわしだけは知っているぞ、お主の崇高な忠義を知っているぞ」

「……うん」

晴員の心もこれで定まった。正攻法を捨て去ることに幾分の安心を覚え、晴舎と謀略を企むことに胸のときめきを感じた。年寄りの妄執と思わば思え、老境が生み出す酷薄を召し上がり候え。本懐を果たすはここよりぞ、逝ねや長慶、滅せよ下剋上――。

 

  *

 

追放案、弑逆案、和睦案。          

この三案を巡って、いまや三好家中はもとより、公家や商人、農民までもが議論を交わす有り様だった。再び始まった三好と公方の争いは今後の日ノ本を占う分水嶺であると人は言う。三好が足利を超越し、天下に覇道を示すのか。それとも長慶が持ち前の寛容を発揮し、惨めな足利を許すことになるのか。いや、誓約を守った例のない足利公方は滅びてしかるべきなのか……? 長慶の決断を賭けの対象にする者まで現れていると聞く。

既に総勢一万五千の四国衆・淡路衆が上陸を開始している。南では根来衆が不穏な動きを見せているが、このままでは東山一帯に籠る公方勢などひとたまりもないことは明らかだった。

之虎たちと合流するために尼崎へ下向した長慶のもとには、連日、大勢の訪問客が詰め寄せてくる。義輝の安全を懇願する足利旧臣、長慶の慈悲を求める高僧、あるいは六角打倒後の近江権益に唾をつけようとする商人。情と欲に彩られたその様子は一種の説話集のようですらあった。

会談は法華宗の某寺を借り切り、長慶・慶興・之虎・冬康・一存の五人だけで行われる。無回答を貫いた康長と基速は除き、事前に主な家臣の意見は聞いてあって、長逸・久秀は追放案、長房は追放に加えて義冬を呼び戻す案、友通・重治は弑逆案、長頼が和睦案であった。これはそのまま彼らの勢力基盤における世論と一致していると判断してよい。

主に四国で活動する長房の姿勢は、地方ではいまも“足利”の威光が大きいことを示している。義輝を追放することまではよくても、それに代わる神輿がないと民心慰撫が難しいという訳だ。確かに、多様かつ広大な領地を治める現実解のひとつではある。

次に、主に畿内で活動する者たち。もともと畿内は進取の気風に富み、民心の変化が激しい。節操がないと思えるほど、彼らは足利なき世を受け容れつつあった。違いがあるとすれば、年長者は殺しては後が面倒だと知っていて、若年者は殺してしまえば清々すると考えているというところだろうか。見方を変えれば、長逸や久秀は現状の維持を望み、若い衆はもっと大胆な変化を望んでいるということかもしれない。

武闘派の長頼が和睦案を支持していることは、他の者たちを不思議がらせた。だが、これは無理のないことである。長頼は、最も血なまぐさい争闘を繰り広げてきた丹波を治めているのだから。あの無愛想だが人のよい好漢は、どこかで憎しみの連鎖を断ち切らねばならぬことを誰よりも理解しているに違いなかった。

日本中の武家も成り行きに注目している。長慶のもとには地方からの使者や書状も多く届いていた。尊氏を支えることで興った家がある。南北動乱で武功を上げた家がある。応仁の大乱を生き抜いた家がある。足利の存亡は、各地方の権力構造をも大きく揺るがすことになるのだ。

民草。家中。外交。そして、この国の未来。すべてを背負って長慶が会談に臨む。

 

口火を切ったのは一存だった。

「簡単なことだろう。公方は慶兄に兵を向けた。何度も約束を破った。二度も刺客を送ってきた。やったらやり返されるのが世の習いだ。当たり前のことを当たり前にやるのがいい世の中なんじゃねえかな」

弑逆案。単純ながら力強い道理を含んでいる。

「同感だな。もういいじゃあねえか兄上よう。三好長慶様は旧い時代の権力者を打倒し、希望に溢れる新時代を開きました、めでたしめでたし。それくらい分かり易くなきゃ人の興味は集まらねえぜ」

之虎が同調する。落ち着いた物言いを意識しているようだった。持隆を殺めて以来、之虎はこの種の話題に対して繊細である。皆もそれが分かっていて、しばらくは沈黙が続いた。

 

瀬を早み 岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ――

 

冬康がおもむろに歌を詠んだ。視線が一斉に集まる。

「この歌は……慶兄の切ない恋を題材にしたい訳ではなく」

どっと笑いが巻き起こった。この弟は、長慶をからかうことで場の空気を変えてしまったのだ。

「悪霊と化した人間は恐ろしい」

「追放や弑逆が次の大乱を招くと言いたいのか」

「ええ、要はそういうことです。更に言うなら――。聞こえるでしょう、鈴虫が鳴いています」

「む……」

季節は秋。寺院の庭では鈴虫の大合唱が始まっていた。

「鈴虫を野に放てば、ああやってたくさん仲間をこさえ、やがて喊声を上げることになりましょう」

「……」

「虫かごにさえ入れてしまえば」

冬康の言いたいことは全員に伝わった。さすが、水が岩を磨くように柔らかな口上である。

それまでおとなしく聞いていた慶興も冬康に賛同した。

一寸法師はさあ。食われたように見せかけて実は勝っていたんだよな」

「ほう」

之虎が感心したように甥を眺めている。

「公方を打ち出の小槌にしてやることだと思いますがね」

にやりと不敵に笑う慶興、それを温かく見守る之虎たちの姿を見て、長慶は一同の意見が出揃ったと判断した。

「言い足りぬ者はおらぬな」

「ははは。実際のところ、兄上の腹は初めっから固まっていたんでしょうが」

「ふ。之虎の瞳は誤魔化せぬか」

弟も息子も、長慶の判断に異を唱えるつもりなどない。その上で、言いたいように言わせてくれた長慶を気持ちよく受け止めている様子だった。

「和睦だ。公方と戦う時代から、公方を使いこなす時代に舵を切るぞ」

 

  *

 

三好はあえて和睦の道を選んだ。公方を敬うというより、もはや公方などどうでもよいからだ。そんな風に認識されるよう、長慶は世論を冷酷に誘導していくつもりなのかもしれぬ。

とはいえ会談は思っていたよりも短く済んだ。夜を徹した激論になることも考えていたのである。拍子抜けしたが、大事なことを決める場というのは得てしてこういうものかもしれない。

ただ、安心した途端、無性に腹が減ってきた。

「海を渡って早々、皆もくたびれたであろう。ささやかだが夕餉を用意してある」

之虎の心境を汲み取るかのように長慶が手を打った。その合図で運ばれてきた膳にはほのかに色づいた飯と、たっぷりのとろろが入った鉢、海苔と葉わさびを乗せた皿が配されている。

「うはっ」

一存の機嫌よい声が聞こえた。走りの山芋はなかなか手に入るものではない。

さっそく、銘々が飯にとろろをかけて啜り込む。

「これは」

「……目覚ましいな」

「うめえ!」

口々に喜楽を口にした。飯には仕事がしてあった。この安らぐ匂い、茶。ほうじ茶。ほうじ茶で炊いた飯。温かなその飯椀にひやりとした真っ白のとろろ。ねばこい。飯に絡む。口中に絡む。しかしここにもよい仕事、絶妙の配分で出汁を効かせてある。意外なほどに喉切れがよい。甘い芳しさに包まれ腹に落ちていく。

「……加えて、この」

海苔。葉わさび。とろろ飯をひと口。もうひと口食べてから、次のひと口に海苔。膨らんだ。何もつけずに更にひと口。唇に粘り。そこで葉わさびを齧れば、清々、清新!

ふと一存の方に目をやれば、どおるどおるると熱中してかっ込んでいる。

「ははは。一存め、まるで野武士の兵法」

「ふふ。口に合ったようだな」

長慶が目を細める。

「兄上よう。これをつくった料理人、ちょいと貸してくれねえかな」

「茂三をか? 構わぬが……」

戦が終わるなら、風流天下一に向けて動き出すべき時が来たということだ。

いまだ誰も見たことのない情景が俺の内にある。それを形にして世に問う、そろそろやってみようか……。

 

続く