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きょう、(小説 三好長慶)

近世のきのう、中世のあした。三好長慶の物語

一 吉野川の段  ――三好元長 阿波に帰国し、三好千熊丸 父の夢を追う――

 

 

『きょう、』

一 吉野川の段

 

天頂に満月が昇り、吉野川の水面に光を落している。

川の周りは深い山々。三好一族の本拠、芝生城(徳島県三好市)はこの地にあった。もっとも、城と言ってもささやかな板塀や空堀に囲われた館に過ぎない。付近の人家もまばらである。

暗闇の中、一人の女性が川に入り、片膝立ちになっている。腰の辺りまで水に浸かり、合掌した姿勢で、何かを祈っている様子だった。四月になったが、清流の中はいまも刺すように冷たい。まして、深夜である。川辺には彼女に仕える侍女たちがいるが、誰も祈りを止めようとしない。

「……何卒、男子を授けたまえ。三好家に英雄、英傑を授けたまえ。幾年月の後には、之長様の無念を晴らし、三好の名が再び天下に轟きますよう――」

境に入り、自然、彼女の声音も高くなってきた。先ほどから何遍も繰り返している祈願の詞が、川辺にまで届いてくる。

今日も今日とて……。元長は感心するしかなかった。

 

「つるぎ、もうよさぬか。身体を冷やして熱でも出したら元も子もない」

「お前さま」

城からやってきた元長の声を聴いて、彼女はようやく立ち上がった。

「さっさと髪を拭いて着替えをするのだ。身体を冷やしてはならぬぞ」

手ぬぐいを差し出し、つるぎを迎えようとする。

「あら。濡れたままでいた方が、喜んでいただけると思っていましたのに」

「ば、馬鹿なことを」

慌てて誤魔化したが、事実、元長はつるぎの姿に魅せられていた。長い黒髪からはいまも雫がこぼれ、月に照らされ艶やかさを増している。素肌に纏った白衣は身体の線を鮮やかに示しており、乳房や太腿がうっすらと透けて見える。そして、やや釣り目形の瞳は潤みを帯び、夫の方を真っ直ぐに見つめているのだ。

「だいたい、優れた男子の誕生を当てにする前に、夫の栄達を祈るのが筋であろうが」

「もちろん、そちらも祈りを捧げておりましたわ。ふふふ、お前さまが天下を取れば私は王妃、嫡子が天下を取れば私は国母。もう、いまから楽しみで仕方なくって」

気宇の大きさに呆れたが、つるぎは意にも介さず夫の腕を取って、すたすたと城に向かって歩き始める。

「さあ、早くお城へ、寝屋へ参りましょう。立派な男子を授けていただかなくては」

「お、おい」

元長は侍女の目を気にして声を落とさせようとしたが、つるぎは一向に気にしない。

「どうして? 殿方も戦が迫れば、威勢のよいことばかり仰るではありませぬか」

 つるぎにとっては子づくりが戦らしい。武家の妻としては実に正しい姿勢だった。無論、元長だって嫡男の誕生を誰よりも望んでいる。父はとうに亡くなり、先年の戦では祖父之長が死んだ。之長が敗れたことで天下は敵方の手に渡り、今年から元号まで変えられてしまった。大永元年(1521年)、いまは家運を盛り返さなくてはならない時である。

 奔放な言動には戸惑いつつも、元長はこの新妻のことを心底から気に入っていた。夫のため、三好家のために忠実であることはもちろん、勝気な気性、山育ちに似合わぬ知性と教養、何よりも阿波で一番だと評判の美貌。何もかもが元長の好みに適っている。

結婚して十日。これまでは照れもあって丁重に接してきたが、そろそろもう一段踏み込んだ付き合いを始める時宜かもしれない。道すがら、元長の身体にも獣性を帯びた熱が宿り始めていた。

 

  *

  *

 

享禄二年(1529年)の夏。

畿内に出陣して以来ずうっと帰ってこなかった父の元長が、三日後に帰ってくるという。知らせを聞いた妹のいねは朝からはしゃぎっ放しで、千熊丸は延々と聞き役を務めさせられていた。日は高く、吉野川の木陰で涼んでいても汗はとめどない。せせらぎの音や川蝉の鳴き声を聴くのは愉快だったが、妹の甲高い声にはいい加減倦み始めていた。

「……それでね、畿内の人々は父様が天下第一の武者だって。京でも堺でも、すごい人気らしいのよ」

赤子の頃から父親っ子だったいねにとって、畿内で大功を立てた元長は崇敬の対象となっている。父の帰国が嬉しくてたまらず、家中の大人に聞いた噂話をひとつずつ披露してみせては、千熊丸にすごいよね、格好いいよねと同意を促すのである。

千熊丸も、元長を敬う点はいねに劣らない。しかし、五歳のいねと異なり、八歳の千熊丸の心中は色々と複雑である。

ひとつには、三好家の嫡男である千熊丸にとって、元長が途方もなく大きな壁に映り始めていた。母、つるぎの厳しい躾の甲斐もあり、千熊丸は学問などにおいて非凡な才を見せている。だが、少年に知恵がつけばつくほど、父の偉大さもまたよく理解できてしまうものなのだ。いずれ自分が三好家の棟梁となれば、四国や畿内に名を轟かせる父と常に比べられてしまうのだろう。

もうひとつ。元長の帰国の理由が気になっていた。まだいねの齢では分からないだろうが、大人たちから聞いた話を総合すれば、元長はどうにも難しい状況に置かれているようなのだ。そのことを思えば、なかなか無邪気に父の帰国を喜ぶ気にはなれなかった。

 

応仁の乱の後、天下を支配したのは管領、細川家である。三好家は代々細川家に仕えてきたから、それはめでたいことだったし、曾祖父の之長もその流れの中でおおいに力を蓄えた。

二十年ほど前、細川宗家で家督争いが起こった。泥沼の身内争いが続いた末に、之長たちの派閥が敗れ、勝った方の細川高国という男が細川宗家を継承した。之長は異常なくらいに強い武将だったが、民や部下から恨みを持たれていたため、最期は裏切りに遭って死んだ。

いま、畿内で元長たちが戦っている相手が、その細川高国である。

元長の活躍を支えているのが、阿波守護の細川持隆だ。持隆は細川家の縁戚であるが豪気な方で、齢が近いこともあり、元長とは主従を超えた友情を築いている。元長と一緒に足利義冬・細川六郎という貴人を庇護し、彼らを旗頭に仕立てて三年前に畿内へ上陸。反高国派の畿内衆と合流し、激戦の末、細川高国勢を駆逐した。敗れた高国は将軍足利義晴と共に逃げ去った。

ここまではよかったが、そのうち、堺で始動した新政権内で畿内衆と四国衆の仲違いが生じた。元長と持隆が中心となって政権を奪取したとはいえ、表向きの政権代表はあくまで足利義冬と細川六郎である。殊に細川六郎は家督争いの当事者であり、このまま細川宗家を継承すれば天下に大きな権勢を有することになるから、畿内衆の支持は彼に集中した。畿内衆は四国衆の勢力拡大を警戒して、既得権益の庇護者を求めていたのだ。自然、六郎・畿内衆と元長・持隆・四国衆の間で対立が生じ、やがて元長は政権を追われ、阿波に帰って謹慎することになった――。

 

千熊丸は、元長帰国の背景をおおむねこのように理解していた。詳しい経緯は知り得ないが、大きくは間違っていないはずだ。三好家の嫡男たる者、風説に惑わされることなく、あくまで冷静に状況を把握するよう努めねばならない。そうした千熊丸からすれば、いねの話はいかにも子どもらしい、自分がそう信じたい内容だけを集めた話に聞こえてしまうのだった。

「ちょっと。兄様、ちゃんと聞いているの?」

「う……うむ。聞いている、聞いている」

「じゃあ、父様のお迎えの仕方、兄様も考えてよ」

元長の帰国に向け、つるぎたちは料理の仕込みや城中の掃除などに忙しい。いねは、子どもたちも何か用意をして、元長を喜ばせたいというのである。実際、元長は家族の前では明るく振舞うだろうが、内心は忸怩たるものがあるだろう。千熊丸としても、父の心を晴れやかにするような何かをしたかった。

その何かは、自分、いね、三歳の千満丸、二歳の千々世だけで、三日のうちにできる仕掛けでなくてはならない。いねは、子どもたちで踊りを披露してはどうかと案を出していた。

「もっと、城に着いた瞬間に目に入って……よい心持ちになって入城いただけるようなものはないかな」

「帰ってきてすぐ目に入るって……子どもだけで幕とか建物とかを用意するのは無理よ」

「それはそうだが……む、いや待てよ。目立つもの、遠くから見えるもの……」

「兄様?」

「いねよ、よいことを思いついたぞ。城に戻って、千満丸と千々世も呼んで来い」

 

  *

 

「ああ、やはり吉野川はよいな。ただただ大きい。ようやく、故郷に帰ってきた気がする」

吉野川を遡上する川舟の中で、風を快げに受けながら呟いた。

昨夜は共に帰国した細川持隆の居城、勝瑞館(徳島県板野郡)にて浴びるように酒を飲み、堺の連中に対する悪口雑言を尽くした。酔いと癇癪の名残が今日も続いていたが、少しずつは平な気持ちが戻ってきている。主君の腹の虫が治まったようで、供の家臣たちも安堵したようだった。

「康長よ、芝生はどんな様子かな」

「つるぎ殿や若殿を始め、ご家族は皆お健やかなようですよ。それに、今年は鮎が豊漁。形がよく、香気に優れていると好評です」

傍にいた康長が答えた。この気配りに優れた弟は、元長の意を汲んでどんなことでも間違いのないように整えてくれる。元長の関心の順位が家族と好物の鮎であることもよく承知していた。それからも、米の実り具合や在郷の者の様子などを話題にしながら舟はゆっくりと川を上っていった。

 

芝生の界隈は材木や藍の生産に優れているため、河口までを行き来する水運が発達している。城の程近くまで舟で近づくことも可能だった。

あと少々で到着というところまで来て、康長が妙なものに気づいた。

「城の辺りで、何かが空に浮かんでいますな。あれは……イカ(凧)でしょうか。随分大きなイカがふたつ、揚がっています」

「なに。……うむ、確かにあれはイカのようじゃ。何か、危急の事態でも起こったか」

いぶかる皆が目を凝らすと、ふたつのイカには朱墨で文字が書いていることが分かった。舟が進むにつれ、米粒のようだった文字がだんだんと視認できるようになってくる。イカには漢字で一文字ずつ、“祝”、“着”と書かれていた。

元長たちの無事を祝うものらしい。家臣たちから歓声が上がった。

 

  *

 

宴が終わり、宵が更けていく。部屋には元長とつるぎだけが残っていた。久しぶりに子どもたちと緩やかに談笑し、鮎を九尾も平らげた元長は上機嫌である。夫が癇癪を起こさずに笑っている姿を見て、つるぎもまずは一安心だった。

「それにしてもあの大イカには笑わされたわ。あれは千熊の着想らしいな」

「ええ。ただ、お前さまのために何かしたい、と言い出したのはいねですよ」

うむ、うむと頷く元長の顔には、喜色が溢れている。

「それに、下ろしたイカを見てみれば。あの文字は、子どもたちの手形を集めて描いてあったのだな」

「そうです。千熊丸といねで長逸殿が以前こしらえた大イカを補修し。千熊丸が筆で文字の輪郭を描いて、その中を子どもたちがぺたりぺたりと朱墨を。千満丸も千々世も、それはもう楽しそうでしたよ」

「たいしたものだ。あのイカは目立つところに飾っておこうよ」

「それがいいですわ。民の間でも随分話題のようですし」

夫婦で笑いあっていると、寝室から子どもの声が聞こえてきた。千々世が夜泣きでもしたらしい。つるぎは元長を置いて駆けつけ、末子を抱いてあやし始めた。

 

坊やのお供で 猿つれて

あの山越えて 名も捨てて

そろそろ昔を 忘れたか

坊やのおぜぜで 舟買うて

あの海越えて 名も変えて

そろそろ名残を 伝えたか――

 

皆が寝静まった城の中、つるぎの子守唄が朗々と響く。千々世も、他の子どもたちも、安らかに寝息を立てている。千々世を布団に戻して、つるぎはしばらく子どもたちの寝顔を眺めていた。

堺から失意を抱いて帰ってきた夫を、この子たちはおおいに慰めてくれた。一人ひとりの頭を撫でてやってから、部屋を出た。

元長のところへ戻ってみると、夫も脇息に身体を預けて気持ちよさそうに眠っていた。

 

  *

 

翌朝、元長は家族に土産を分配した。

つるぎには小袖の生地と扇子。子どもたちには、筆や硯といった筆記用具。加えて、男の子には独楽、いねには女童の人形。更に、木綿生地や蝋燭、書籍、蚊帳、粉砂糖などを持ち帰ってきていた。畿内の珍しい物品を目にして、一同がおおいに盛り上がる。貴重な粉砂糖に対しては、つるぎまでが指を当てて味見するような騒ぎようであった。

しばらくすると、千満丸がむずかり始めた。子どもたちに与えた筆を見比べて、千熊丸の筆の方がよい、あっちが欲しいと騒ぐ。

「どれも同じぞ。わがままを申すな」

つるぎがたしなめるが、千満丸は収まらない。巻き込まれた格好の千熊丸は何を言うでもなく、静かに落ち着いて成り行きを見つめている。

内心、元長は驚いていた。実際のところ、千熊丸の筆だけは山羊の毛を用いた値の張る品だったのだ。しかし、筆の毛はどれも同じような白色であるし、軸の素材なども変わらない。作り手も同じ大和の職人であるから、少し見ただけでは大人でもちょっと違いが分からない。

同じ親から出た子でも、けっこう違いがあるものだ。二男の千満丸は、どうも物に対する関心や執着が強い。まだ言葉も覚えたての分際ながら、元長の近くにやってきては太刀のこしらえだの素襖の生地だのを眺め、よい物、高い物を正確に当てては、欲しい欲しいとねだるのだ。生まれながらに目利きの才を持っているのかもしれない。まるで、堺の会合衆のようだった。

三男、千々世はやっと満足に歩き始めたばかりで、言葉は数語しか話せない。しかしながら、よちよちと近づいてきて、ててうえ、ててうえと一所懸命に呼びかけてくる姿がいじらしく、日頃厳めしい表情の元長も思わず相好を崩してしまう。いつもにこにこ、気性がよくて人見知りをしないものだから、周りの大人たちにもかわいがられているようだった。

長女のいねは、父親っ子に磨きがかかったようだ。数年間放ったらかしにされていたことが余程寂しかったのか、千々世を押しのける勢いで甘えてくる。隙を見れば京の寺社仏閣だの堺で見た異国の風物だのの話を聞きにくるし、その後には針を使えるようになった、かなを書けるようになったと延々聞かせてくるのだ。昨夜も元長と一緒に寝るのだと泣いたが、つるぎに叱られてしぶしぶ子どもの寝室へ入っていった。

長男の千熊丸は書籍が好きで、史書、戦記、物語、歌書など、飽きもせずに読み込んでいるらしい。沈着、涼やかな風貌に反して、昨日の大イカのようにしばしば悪戯染みた着想を出す。頭が抜群によく、幼少から大人たちに神童だ、仏の子だと言われていた。教わったことは直ちに理解するし、教わらなくても自分で疑問や仮説を考えてあれこれと問いかけてくる。昨夜の宴でも、畿内の情勢などを康長に聞いては、なるほど、さもあろうと頷いていた。教えてもらうというより、確認する、裏付けを取る、といったような聞き方なのである。

「若殿のご器量、甚だ大にして満たすこと容易ならずとも思われます。早いうちに堺や京に入れ、より多くを学ばせては如何か」

宴の後、康長がそっと元長に耳打ちした。

つるぎも、

「三歳を過ぎれば元服したも同じ」

などと言って千熊丸を厳しく躾けているが、元長の前ではいつも息子の才気を褒め、これこそ吉野川で毎夜祈った功徳であろう、将来がまことに楽しみだと喜んでいる。

(未練がましく畿内の動向に一喜一憂し、謹慎解除などを期待するくらいなら……。ひとつ、腰を据えて千熊の相手をしてやろうか。そうだ、千熊を立派な跡継ぎに育て上げることこそが、いま、天がわしに与えた役目なのだろう)

阿波での過ごし方が固まったことで、ようやく身体に活力が戻ってきた。そうと決まれば、さっそく千熊に色々と見物させてやろう。元長は、あれこれと段取りを考え始めた。

 

  *

 

千熊丸は、元長、叔父の康長、数名の従者と共に、鳴門へと下る舟に乗っていた。皆、つるぎが用意した握り飯を食べている。元長は、阿波の米が一番うまいと言った。畿内では飯の味が違うのだろうか? 握り飯には鮎のはらわたを塩漬けにしたものが添えられている。苦いので弟妹たちは食べないが、千熊丸はこの珍味が好きだった。食べ慣れれば、その奥深い味わいが忘れられなくなる。しかも、これが白い飯によく合うのだ。

後方には材木を積んだ舟、阿波藍の葉を積んだ舟などが続いている。代々、三好家は吉野川を上下する水運を保護し、畿内との取引を増やすことで財を蓄えてきた。特にこの時期の阿波藍は重要な交易品目である。

吉野川は天下に知られた暴れ川だ。しばしば起こる氾濫は住民を悩ませたが、暴れ狂うことで肥沃な土壌が培われていく。流域の土壌から生産される阿波藍の品質は日本一と言われていた。この頃、侍のあいだで衣服の藍染が流行っていることもあって、取引高は順調に増えてきている。

また、阿波の深い山々から得られる物産も畿内では需要が高かった。戦乱が続く畿内では常に建築や修繕が行われているから、材木は幾らあっても足りない。一年を通じて、多くの量を出荷していた。

最近は食べ物にこだわる人間が増えたことから、阿波橘の人気もじわりと高まっている。

「叔父上、この材木はどこへ出荷するのですか」

「兵庫津(神戸港)に二割、堺に五割、岸和田に一割というところでしょう」

康長が簡潔に行先と分量を答える。

「岸和田?」

「岸和田には手先が器用な職人が多くおりますれば。一旦岸和田で材木を加工し、それからあらためて堺や河内、大和などに出荷するのです。岸和田でこしらえた欅彫りや桐の調度品などは、寺社や商家に珍重されています」

「交易は、原材料そのものよりも、木工品や織物などのように人の手が入ったものの方がよい値がつくのだ。覚えておくがよい。それにしても……ちっ、堺の分が多いな。商人が栄えるのはよいが、堺公方府の連中が館でも新築しているのかと思うと。ええい、憎々しいものよ」

若干のいら立ちを見せながら、元長が口を挟んできた。すかさず、康長が宥めにかかる。

「兄上、せっかく若殿が視察に同行しているのです。そのようなお話はしばし忘れてくだされ」

康長は千熊丸に元長の愚痴と映らぬよう、配慮したに違いない。元長も、癇癪が面に出たことを少し恥じてか、うむ、と低く唸って水面の方に顔を向けてしまった。だが、千熊丸にとっては、いま元長の口から出かけたものこそがかねてより父に直接聞きたかったことである。

「いえ……叔父上、私は構いませぬ。それよりも父上、お願いしたき儀がございます。先ほど、父上は堺のことについて仰いました。しかし私は、堺で何が起こっているのか、これまで父上や持隆様が何を目指して戦ってきたのか、一度も父上の口からお話しいただいたことがありませぬ。何卒、この千熊にご教示くだされ。他の大人からではなく、父上の生のお言葉を伺いたいのです。いまは絶好の折。舟の上では誰に聞かれることもありませぬ」

千熊丸の突然の嘆願に、元長は少し驚いたようだった。

「聞いて、どうする」

「ただ、父上のお気持ちを伺いたいのです。あえて申し上げれば、武家の習い、私の身にも父上の身にも、いつ何が起こるか分かりませぬ。親の気持ちも知らぬままというのは、あまりにも情けのうございます」

元長は、再び水面を見つめ始めた。下り船は軽快で、快い風が皆を包む。蝉が三回、四回鳴くあいだ、誰も言葉を発さなかった。

強い風、舟が揺れた。元長は動じぬ千熊丸を眺めてくすりと笑い、口を開いた。

「よかろう。少し長い話になるぞ――」

 

  *

 

「わしと持隆様の夢。それは、堺に政権を築くこと。外交と通商を基軸とした、国家の大計を描くことよ」

祖父の之長が討死し、元長は目指すものを失った。之長は“大悪の大出(悪の最たるもの)”などと呼ばれ、領地押領、謀殺、徳政一揆の煽動、果てのない戦……と、畿内各地で好き放題に振る舞い、多くの恨みを買っていた。三好は天下国家の視座を持っていない、所詮阿波の山猿よと、忌み嫌われる存在だったのだ。

之長と同じことをしても、之長のような死に方をするだけだろう。元長には何か、夢が必要だった。

 

千熊丸が産まれる少し前、勝瑞館に明の紳士(地方官)と商人がしばらく滞在した。彼らの正体は倭寇で、九州や瀬戸内、堺、紀伊などを相手に密貿易を行っていた。持隆に誘われて元長も顔を出したのだが、そこで彼らから教わった話が、元長の価値観を大きく変容させた。

明は、日本より二十倍も大きい国である。その明の遥か西には、“タルキー”という明に勝るとも劣らない巨大な帝国があるという。タルキーは“審判教”という、明や日本では知られていない宗教を信仰しており、甚だ強力な陸軍と、高度な学問、技術を有している。

タルキーより更に西にも、大小の国がひしめいている。この地域では国が分かれているが、いずれの国も審判教の別宗派を信仰している。陸軍はタルキーほど精強ではないが、代わりに優れた海軍を有している。この地域の国々は同盟を結んでタルキーと闘っているが、タルキーが優勢という噂である。

近年、こうした国々の商人や審判教の坊主が明、天竺、シャム、ルソンなどに現れるようになったという。いまは少数だが、だんだん人数が増えてきている。航路の開拓や操船技術の進歩があったらしい。こちらの地域とあちらの地域での貿易は、桁違いの収益が得られるようだ。いずれ彼らは日本にもやってくるだろうと、明人は言った。

 

明人が帰ってから、元長と持隆はこの件について何度も話し合った。堺や水軍衆を通じて裏を取ったが、明人の話はおおむね正しいようだった。

近い将来、タルキーも含め、審判教国が続々と日本へやってくる。だが、日本は上手く対応できるのか。直ちに軍事的な侵略を受ける可能性は低いが、貿易などで資源を搾取される可能性は充分にあった。何より、二百五十年前の蒙古襲来時とは国内の状況が一変してしまっている。いまの足利公方が外交や通商を統制できるとは思えない。かつて公方が統制していた日明貿易もいまでは大内家に牛耳られているのだ。

このままでは、各地の大名が好き勝手に交易や外交を行い、結果として外国勢に内乱を扇動されたり、政治介入を招いたりするだろう。それは、受け容れがたい未来だった。

元長と持隆は、堺に海外と伍することができる強大な政権を創ることが必要だと結論を出した。朝廷は京にあって権威を司り、政権は堺にあって政治を司る。いまの国家体制は、権威も政治も京に集中していて、国内の問題しか目に入らない。今後は、国際貿易都市を舞台に政治を行うべきだった。

その実現に向け、足利義冬・細川六郎という貴人を庇護した。それから……畿内の国人衆を調略し、細川高国と争い、堺に暫定の政体を築くに至った。いま、堺の新政権は“堺公方府”などと呼ばれている。ここまで、思い描いた夢は順調に進んできたのである。

 

しかし、政権奪取に向けて、志が異なる者たちと野合したのがよくなかった。

堺公方府は、足利義冬と細川六郎を頂点にして、阿波の持隆・元長と、丹波の波多野稙通・柳本賢治兄弟、更には反高国派の摂津・和泉・河内国人が集ってできた連立政権である。

朝廷はいまも、近江に逃亡した現将軍の足利義晴と細川高国の正統性を認めていた。堺公方府が誕生したとは言うが、朝廷からも、日本各地の大名からも権威ある政体とは認識されていない。それにも関わらず、細川高国を追い落とした次の日から、堺公方府の中で主導権争いが起こった。持隆と元長は内部対立の無益を説き、また、諸外国との交易・折衝を睨んだ施策を進めるべきだと説いたが、誰も耳を貸さなかった。見たこともない海外の動向など、現実の政治課題と捉える者はいなかった訳だ。

之長以来の三好家に対する悪評や、元長の短気もよくなかった。配下同士の小競り合いが頻発し、遂には元長と柳本賢治の間で戦が起こりかけた。堺公方府が本格的に分裂する前に、持隆と相談の上、元長は阿波で謹慎することとなった。自分の処遇よりも、ようやく誕生した堺公方府を守りたかったのだ。政権が安定すれば、皆も海の外に目を向ける余裕が出てくると信じた。二人はいまも夢を諦めていない。

 

元長が引いたため、丹波の波多野・柳本兄弟も態度を控えるようになった。いま堺公方府で存在感を増しているのは、三好宗三と木沢長政の二人である。

宗三は元長の縁戚だが、古くから畿内で活動していて元長とは疎遠である。手堅い戦上手である上に、知恵や風流にも優れていることから摂津を中心とした国人の支持を集めている。堺公方府の執事として、相論裁決や税徴収などの政務を見事に切り盛りしていた。また、最近の、とりわけ畿内の武士には珍しく、主家である細川六郎に絶対の忠誠を誓っていることも彼の声望を高めていた。

木沢長政は、応仁の乱以降は衰亡著しい畠山家の家老であるが、細川六郎にも二股をかけている。畠山を頼りにせず、河内や大和の国人たちと独自の主従関係を構築し、いつしか独立した大名のように振舞うようになっていた。それなりの名家の出ではあるが、家格の高い者からは評判が悪く、零細無辜の地侍からは熱狂的な支持を受けている。元長が退いた後は、堺公方府の武の中核と見做されていた。

堺公方府で、元長に同情的だった者は不遇を受けている。一族の長逸を畿内に残し、元長が代官を務める“河内十七箇所(大阪府の寝屋川・門真・守口付近)”の管理や情報の収集、親元長派との連絡などをやらせているが、さぞ、針の筵に座るような思いをしていることだろう。長逸はまだ若いが戦にも政治にも明るく、責任感の強い男で、元長が最も頼りにしている腹心である。元長が復帰する日が来ると信じて、畿内の基盤を守ってくれている。

 

  *

 

話が終わった時、日は西の山中に沈み始めていた。

元長は夢の話をしている間、ずっと目に涙を浮かべていた。私心や私欲を捨て、日ノ本の将来のために働きたいのだ、命を燃やしたいのだと言った。戦で誰よりも活躍した、民をよく慰撫した、銭を一番集めた。それでも、手柄を妬む者、やんごとない家に生まれた者、行く末を思い浮かべぬ者たちに追い落とされた。口惜しくてならぬと最後に声を絞り出した。

康長もすすり泣いていた。すべては我々の不甲斐なさ故、家来が自分たちのような田舎侍でなければと嗚咽した。

元長が弟の肩を抱いて諭す。

「それは違う。わしは、むしろ恵まれているのだ。父祖から力を受け継いだ。持隆様は同じ夢を見てくれた。そして、お前たちがわしを支えてくれているではないか」

千熊丸は、舟板の上に正座し、握りしめた拳で溢れる涙を拭っていた。吐露した元長に何か言うべきと思ったが、声が出なかった。これまでの人生で、海外までを見据えた政治構想など考えたこともなかった。父、元長がどんな思いで戦い、どれだけ惨めな思いをしたのか、まったく理解できていなかった。親のために、何の力にもなれない自分の小ささが酷く情けなかった。男が男の熱に触れた時、自然と涙が流れることを知った。

「阿波の男が流した涙は、いずれ奔流となって豊かな未来を拓く」

誰に向けてか、元長が呟いた。

 

薄闇に包まれる頃になって、鳴門の川岸に着いた。この時間からの作業は難しい。舟は岸辺に繋ぎ、荷卸しは明朝ということになった。今夜は近隣の宿所を使う予定である。頻繁に通う先だから、出迎えは断ってあった。

宿所に向かい、土地の氏社を通り過ぎた時だった。前方の農家から、突如火の手が上がった。異変を察した従者が物見に走る。康長は千熊丸を抱えて守った。従者が元長の周りを離れた刹那、抜刀した大柄の男が氏社の木陰から飛び出してきた。

「三好殿、お覚悟!」

叫びながらそのまま突進してくる。元長を刺し貫こうというのか。

「父上!」

千熊丸が叫んだ瞬間、大男は元長に手首を捕られ、したたかに投げ飛ばされていた。男はすぐに立ち上がったが、頭を打ったか、足元がふらついている。元長がゆるりと刀を抜いた。

「どこの刺客か知らぬが……よいところに現れたものよ。ちょうど、血がたぎっていたのだ」

そう言うと同時に、元長は男の左肩からへその辺りまでを叩き斬っていた。

火の粉が爆ぜ散る中。自分が死んだことも分からないのか、男が目を開けたままで崩れ落ちた。

「ふん、苦しまずに逝けたであろうよ」

千熊丸は康長の腕の中、呆けたように口を開いていたのみである。

元長の早わざをまったく目で追えなかった。どうやってあんなに大きな男を投げたのか分からないし、刀を抜いたと思ったら男の息の根が止まっていた。

「千熊丸、大事ないか。ほう……血飛沫を見ても己を失っていないな。重畳、重畳」

舟の上での涙が嘘のように、元長は快活であった。

 

農家の火事は陽動だったようだ。付け火をした協力者がいるはずで、直ちに捜索が行われた。

結果、一人の不審な坊主が捕らえられた。問い詰めたところ、丹波の出身らしいことだけを仄めかし、後は黙秘した。翌朝、取り調べを再開しようとしたところ、坊主は噛み切った舌を呑み込んで死んでいた。

 

続く