読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

きょう、(小説 三好長慶)

近世のきのう、中世のあした。三好長慶の物語

三十七 渦蜜の段  ――三好長慶 足利義輝の帰京を許し、細川六郎 抗戦と延命の狭間でもがく――

三十七 渦蜜の段

 

瓜生山を降りて、塗り輿で相国寺に向かう。

輿の周りは義賢が、それを取り囲むように長慶たちが供についている。長慶の気が変われば助かる術はない。一抹の不安はあったが、信用を失ってまで長慶が約束を反故にすることもないはずだった。

輿に乗る直前、伊勢貞孝がどうしようもない様子で頭を何度も下げているのが見えた。政所執事職にありながら私益を追求し、あまつさえ義輝を裏切った男。あの返り忠があったからこそ他の奉公衆の離反も相次いだ。晴舎は暗殺を進言してきたが、血生臭い風評が立つ割に得られる実利は少ないからと処置を見送っていた。ここで卑しい顔を見せられるくらいなら、いっそ始末しておいた方がよかったかもしれない。

沿道に集った民衆からは聞くに堪えないような言葉を浴びせられた。彼らにとって義輝は、いたずらに京の平穏を脅かした叛徒に映っているようだ。二百年以上も京の主であった足利公方が、いまでは流民の如き扱い。付け加えるように、そんな義輝を許した長慶の慈悲深さを群衆は褒め称えていた。

「耳をお塞ぎくだされ。あのような悪口、長慶の“仕込み”でござろう」

徒歩で横についている晴員が囁く。確かにそうかもしれない。だが、仮にそうだったとしても、民衆の心を巧みに操っている長慶の政治手腕はやはり恐るべきものだ。見物客すべてが仕込みのはずがない。遠国から訪れた旅人も、諸大名の間者も混じっていよう。野次を繰り返しに聞いていれば、なるほどそうかと思うようにもなるだろう。十日もすれば、日本中にこの様子が伝わっているだろう……。

 

「本当にこれでよかったのでしょうか」

義輝に充てられた部屋にやってきて義賢が言う。自ら和睦を後押ししておきながら、いざとなって判断に自信が持てなくなってきたらしい。晴員は呆れて声も出ないようだ。

「斡旋、大義である。乱を治めたそなたの功績、苦しからず思うぞ」

「は、はは」

安堵したように面を下げる。これから長慶に取り込まれる義輝にすがってどうしようというのだ。これなら、和睦に反対して去っていった六郎の方が余程気骨があるというものだ。

 

広間に入って長慶・慶興父子の前に座る。殊勝にも、二人は平伏したまま待っていた。長慶の背には曇りない義輝への敬意が滲み出ている。こういう態度を自然に取れるから長慶は厄介なのだ。

両者の間に義賢が座り、晴員は義輝の斜め後ろに控えている。正式な和睦儀礼に先立ち、この五人で実質の下交渉をしておく手筈だった。

「長慶。慶興。面を上げよ」

促されて父子が顔を見せた。更に風格を増した長慶。そして――。

「あっ」

「おっ」

義輝と慶興が同時に声を上げた。両者の異変に何ごとかと他の三人が訝しんでいる。

「……お主が慶興か」

「お目見え叶い……光栄です」

忘れようもない、琵琶の湖岸で出会った芸人熊吉である。そんなことが起こり得るのか。

慶興は横目で長慶の顔色を気にしていた。なんとなく事情は分かった気もするが……。

「うむ……。頼もしげな英気、よいお子を育てておるな」

「恐悦にございます」

長慶が涼しげに返事し、慶興との間にあった微妙な雰囲気をすうっと薄めた。

それからは淡々とすり合わせが進む。

義輝の帰京。三好と六角の停戦。

晴舎による根来衆の煽動をやめること。

近江から姿を消した六郎一派の処置は長慶に一任すること。

公方は永禄の元号を使用すること。

義輝のために御所を新造すること。その費用の七割は三好家が負担すること。

長慶が没収していた朽木まで義輝に付き従った奉公衆の所領は、三分の二が返還されること。

義輝は長慶に寝返った奉公衆を許し、公方政務への復帰を認めること。

但し、政務の滞りを回避するため、奉公衆に慶興と松永久秀を加えること。

朝廷、寺社、町衆などとの折衝・裁許・税務は引き続き三好家が受け持つこと。

加えて、奉公衆の主戦派であった晴員・晴舎は責を負って謹慎すべきこと。

「よいのだな、晴員」

「は。事前の取り決め通りにて」

義輝には住むところをくれてやるから、京の権益は変わらず長慶が握る。五月蝿い六角や晴員は口を出すな。そう言われているのと同じである。しかも、最後の条項は晴員と晴舎が自ら付け加えたものだった。責任の所在を明らかにすることで、義輝の身に累が及ぶのを防ぎたいということだったが……。

それ以外にも何か存念があるのかもしれぬ。それならそれでよい。

義輝は義輝で、如何にすれば三好家の力を我が物とできるか考える必要がある。つまるところ、長慶や慶興が公方に絶対の忠誠を誓うようになればよいのだ。この父子を新たな足利家忠臣とするべく、自分に尊氏公の如き武徳が備わればよいのだ。

尊氏公は度量が並外れて大きく、家臣の諫言も進んで受け容れたという。和睦の後、自分も三好の美点を学んでみようと思う。同じ強みさえ有していれば、人は自然と公方の方を敬うはずなのだから。

ひとつになろうぞ。慶興に目を向ける。視線に気づいた慶興は、なぜか歯を見せて笑いかけてきた。

 

  *

 

「皆には気苦労をかけた。……いま。安堵している者もいるだろう、甘いと不満を抱く者もいるだろう」

芥川山城、評定の間には主だった家臣が集結している。四国からも康長と長房が出席していた。

長慶が発する言葉を聞き漏らすまいと、誰もが集中して次の声を待っている。

「この日が訪れたことを私は嬉しく思っている。……和睦のことではない。和睦すべきか、断固戦うべきか。皆の中から多様な考えが出てきたこと。老臣から若い連中に至るまで、我が事として天下のあるべき姿を議論しあった。挙句、民草までが自在に弁舌を振るい始めた。私はそれが嬉しい」

はっと気づかされた思いがした。“世間の頭の中身を変える”。確かに長慶は口にしていた。聞いた時は珍しい大望だと思っていたが、あれから二十年、夢想が現実になってきているではないか。細川家の家督争いをしていた頃は、政治は武家だけ、それも一部の貴種だけのものであった。理世安民を掲げた長慶が、本来はどうあるべきか、そもそも何を大切にすべきかを問い続け、人々のものの見方を少しずつ変えてきた。畿内で何が起こっているのかを見極めようと、各地の大名が間者を寄越してくるようにもなった。

気になって長頼と久秀の横顔を盗み見る。彼らは二人揃って涙を流していた。その姿には全身全霊で長慶に仕えてきた誇りが満ちている。この兄弟は長慶が語った夢を欠片も疑っていなかったのだろう。

「和睦はあくまで政。現状ではこれが最適と判断した、されど情勢によっては再び政体を変えねばならぬ。和睦を押した者もそうでない者も、今後起こることをよく見極め、各々の天下を求め続けてほしい……。私からは以上だ」

ふと、長逸には長慶が遺言を唱えているように聞こえた。何を馬鹿なと目を閉じ、邪念を追い払う。

続いて慶興が今後の方針を説明していく。若殿の政務ぶりもすっかり板についている。

軍略。近江方面が落ち着いたいま、当主と家臣の争いが本格化してきた河内、昔から河内の政情と深く結びついている大和、同じく河内との関わり深く根来衆どもが闊歩する紀伊、これらへの対策を強化。

外交。都の安定ぶりを全国の大名に訴求。上洛を促し、あわよくば帝の即位式の費用を捻出させる。先帝の後奈良天皇は十年、その前の後柏原天皇は二十年も即位式の実現に時を要している。新帝の即位の礼を向こう数年で執り行えれば、治世の回復を日本中に印象付けることができるはずだ。

内政。高潮被害の復興も含め、港湾の整備をあらためて促進。三好家所有の商船も更に増やす。軍需物資である硝石や鉛の需要が高まっていることから、堺を中心に御用商人の囲い込み、南蛮貿易の掌握に努める。併せて阿波の藍染を手本に、地域地域の名産品づくりを奨励。

宗教。従来通り各宗派へ等しく敬意を払い関係を維持。相論の和解、一揆組成の抑止を目指す。但し、禅宗については大徳寺を若干立てることで、公方との関係が強い五山を牽制。また、九州方面で信者を増やすキリスト教については慎重に情報を収集していく。

人事。慶興と久秀は公方組織を要領よく壟断。長逸は筆頭家老として家中を統制、政務補佐には石成友通を当てる。長頼は丹波統治に加え、若狭に圧力をかけて六郎を燻り出す。その他、四国衆に行き渡る権益が少ないと不平が出てきていることから、今後領地が拡大する際は褒賞の配分に留意することが確認された。

一通りの内容が終わったところで、長逸が宗渭の処遇を補足する。

「既にお聞きのことと存ずるが……。六郎一派の重臣、三好宗渭の内応を認めようかと思う」

「……」

「各々方、如何」

あの宗三の息子とはいえ、もともとは同じ三好一族である。粘り強く交渉を続け、遂に細い糸を手繰り寄せることができた。ただ、やはり宗三の跡取りであるし、宗渭自身が丹波で何度も三好軍を破っている。自然、皆の視線は松永兄弟に向けられた。

「ま、ええんちゃいまっか。来る者は拒まへんのが殿の流儀でっしゃろ」

長逸へのあてつけでも言うかと思っていた久秀が、存外真っ先に帰参を認めた。宗渭の実力を素直に認めたのか、あるいは茶釜を譲った宗三の遺徳だろうか。

「長頼もええやろ?」

黙って長頼が頷く。多くの部下を宗渭に殺されたはずだが、それは久秀も長逸も、それこそ宗渭も同じことだと割り切っているのかもしれぬ。長頼の潔い人柄には好感を抱かずにはおれない。

「ならば、その様に進めさせていただこう。……なお、向こうからはこのようなものが」

宗渭から贈られてきた品を取り出し、長慶の前へ差し出した。

脇差か」

「は。宗渭は刀の目利きに長じているようですな」

長慶が袋から鞘を取り出し、そのまま刀を抜いた。

短刀とは思えぬ存在感、怪しく揺らぐ刃の光。部屋が幾分冷えたような感がある。

「……夜空の如き沸出来。相当な業物であるな」

「正宗の作と聞きましたが」

「ふむ、どうだ慶興。差してみるか」

「えっ、よろしいのですか!」

先ほどまでの君主然とした顔から、おもちゃを与えられた子供のような顔になる。こうした表情の変化は長慶の若い頃と似ていた。いや、長慶はいまでもそうか……。

「私はこの岩切があるし、この間も上様から“大般若長光”を賜ったのでな。過分な贅沢は身に重い」

之虎の兄とは思えない言葉だったが、実際に長慶はいまも質素な暮らしをしている。

「ありがたき幸せ!」

評定はそのまま終わり、弾けるように喜ぶ若殿の姿をしばらく皆で見守っていた。

この父子がいる限り、三好家は安泰だと思った。

 

  *

 

河内から離れた後は、紀伊の湯川直光のところで匿ってもらったり、進士晴舎に雇われた往来右京と和泉に“ちょっかい”をかけたりしていた。が、特にめぼしい成果は得られていない。

考えてみれば足利義輝は先頃まで朽木に追われていたし、細川六郎はいまでも若狭かどこかに潜んでいる。斯波家は朝倉・今川・織田などに浸食されて虫の息であるし、畠山当主であるはずの自分は放浪している始末だ。まこと、公方・三管領の没落は甚だしいものがある。

威光は三好家に収斂していた。高政自身、和泉で十河一存の軍勢に遭遇したが、“鬼十河”の武威を恐れて根来衆の足が竦んでしまうのを目撃したのである。根来鉄砲衆の実力ならばいい勝負ができると思うのだが、舎利寺の敗戦がいまも尾を引いていて、肝が縮んでしまうのはどうしようもないらしい。もっとも、根来衆といっても様々な派閥があって、安見宗房と近しい一派は三好への復讐心をむき出しにしている。

宗房の味方の敵は、高政の味方である。実力も申し分ない。高政の要請であれば大義名分も立つ。やはりここは、三好長慶の助力を求めるのが最善であるように思われた。

 

向こうが手配した堺の宿屋の一室に入った。

右京たち側近は部屋の外に待機させて、部屋の中には高政と長慶、その弟之虎だけである。之虎とは初対面だったが、長慶からは畿内南部の軍略を四国衆に任せるつもりだと紹介を受けた。既に十河一存が讃岐と和泉を掛け持ちで統治している。ならば、河内の高政には之虎が助力してくれるということか。

兄弟ではあるが、三好之虎の印象はまるで長慶と異なっていた。長慶は穏やかな歌人といった風だが、之虎は男気と色気が混じりあったような匂いが毛穴から立ち昇り、薄花桜の羽織を纏ったその姿は海色の虎か獅子のようである。当代最高の数寄武将という評判だが、それよりも隠すつもりのない野心と軍才が鼻につく。

「ろくな“見返り”も用意できねえけどよ……。安見宗房を“やっつける”のに手を貸してくれねえかな」

高政としては最大限下手に出たつもりである。

「喜んで助太刀いたしましょう。畠山家と三好家、長年の交誼もあることですし」

柔らかに長慶が応える。ただ、畠山と三好が同格であるかのような物言いが気になった。

「河内での戦は久しぶりだなあ。あの時と似ている。敵は河内衆、根来衆、大和衆なんだろう」

「宗房は“中途半端”な小者だけどよ、周囲には古強者が多いんだな。けっこう“やる”んだわ、これが」

「そのようですね。下ごしらえに七、戦は三がよいと思うが、どうだ之虎」

「それがいい。高政殿にも色々と尽力いただきましょう」

こちらとしても異論はない。河内・大和・紀伊は国人や小領主の数が多いから、三好家の力で調略を行えば効果も大きいだろう。無論、高政も先頭に立ってやっていく所存だ。

「お主たちがおらねばどうしていたか正直分かんねえ。“感謝”するぜ」

礼を言った。数えるほどしか下げたことのない頭である。三好側も相応の受け取り方をするべきだ。

「いえいえ……。弱気、逃げ腰は高政殿には似合いませぬ。畠山の再興、きっと掴まえてみせましょうぞ。当家はいただいた誠意の分だけ光を放つ性分でございます故」

応じて之虎が笑顔を見せる。獲物を前にしたような肉食獣の瞳。かつて遊佐長教の野望を叩きのめし、細川持隆を殺して四国を簒奪してしまった男。

(こいつは……俺のことまで“餌”と思っているんじゃねえだろうな)

おぞましい獣性を垣間見た気がした。だが、河内に復帰するためにはこれしか方法がない。

その後のことは……その後で考えればいいんだ。

 

  *

 

阿波を訪れるのは久しぶりだ。

之虎が指定した大毛島(徳島県鳴門市)には既に大勢の茶人が集まっていた。いずれも堺や奈良、京などで名の売れた面々である。やはり、之虎が開く茶会ともなれば集まってくる者も豪華だった。

海に突き出たこの辺りは冬風が強く、天気がよくても身体はどうしても冷えてしまう。どうしてこの場所を選んだのか、与四郎にはいまひとつ合点がいかなかった。いねは“どうせろくでもないことを考えている”などと言っていたが、確かに之虎のこと、何か奇抜な趣向を凝らしているのかもしれない。

高台になっているところに、新たに普請したらしい庵が二軒建っていた。之虎の姿はまだ見えぬ。案内の者に言われるまま、与四郎たちは一軒目の庵に足を踏み入れた。そこで、どよめきが生じた。

「こ、こりゃあ」

「珠光小茄子、三日月の茶壺、ああ、この肩衝も近頃手に入れたと噂の……」

「こちらには刀剣が飾られている。名高い“備前長船光忠”も」

そこには之虎所蔵の、五十種を超える名物が陳列されていた。皆が驚いたのも無理はない。至宝とは厳重に保管し、信のおける者にだけちらりと見せるものである。警備の侍が見張っているとはいえ、こうして庵の中を“鑑賞して回る”ことができるよう飾り台に並べるなど、正気の人間が思いつくものではない。

(なるほど……。このような美のあり方、関わり方もあるか。明け透けに過ぎるようにも思うが……)

認めたくないという思いと、やられたという思いが同時に湧いてきた。与四郎の好みとは言えぬ。しかし、民が、素人がおおいに喜ぶことは間違いないだろう。茶人とて、こうして名物を惜しまず披露してくれれば効率よく目利きを学ぶことができるのだ。

「驚いてくれたようだな」

いつのまにか背後に之虎が立っていて、与四郎の肩に手を乗せた。義弟であり、同じ武野紹鴎門下、若い頃から茶の湯を学びあった仲である。互いの好みも知り尽くしているつもりだった。

「驚きましたとも。悪く言えば乱暴……されど、新たな美の胎動を感じます」

「名物を粗末に扱うなと言いたいのだろう。そうだな、いずれ見せびらかす用の贋作でもつくってみようか」

「声望を高めるにはこれ以上ないやり方ですね」

「兄上は歌ばかり詠んでいるけどよう。連歌は銭がかからねえだろ? 茶の湯に比べりゃあな。これからは、名を売りたい武家が名物を漁る時代になっていくぜ」

威信は銭で買うことができる。朝廷への献金、寺社への寄進、橋や港などの整備。それらに比べれば茶器はまだとっつき易くお手頃である。

「分かり易い見せ場を設けて茶の湯に関心を持たせ、それなりの品を高く売りつけろとでも」

「そんなことしたら姉上がまたまた儲けちまうわな、はっはは……」

非凡なことを色々と思いつく男である。宗三が愛でた茶器は高値で取引されたものだったが、意図的に、いま以上に名物の価格を釣り上げていこうというのか。そんなことをすれば、与四郎たち堺の茶人、之虎、あるいは久秀など、既に一定量の名物を抱え込んでいる者ばかりが儲かってしまうではないか。

「悪賢い義弟殿ですな」

「嬉しそうじゃねえか義兄上も」

互いの腹に拳を当てあい、笑い声を漏らしあった。

 

隣の庵は紹鴎好みの正調な茶湯座敷で、之虎が順番に客を招いていく。人数が多いため待ち時間も長くなるが、名物を眺めていればそれも気にならないという仕掛けだった。通常の待合とは大きく異なるが、これもひとつのもてなしである。

与四郎の番になった。

こちらの庵は思った以上に温かい。炭を増やし、湯気を出し、更には客の目に入らないところに火鉢でも置いているのかもしれない。

之虎の所作は端正かつ爽やかである。締めるところはしっかりと締めてくるところが長慶とよく似ていた。武士でここまで茶をやれる者はいないと言ってよい。

一汁三菜も逸品だった。まるで京料理のような品のある味わい。腕のよい料理人を抱えているようだ。

「よい馳走でした」

「今日は菓子の代わりに珍しいものを用意してみた。感想はこの後に、な」

そう言って取り出したものは瑠璃の大鉢であった。中は水か何かで満たされており、その上に阿波橘の輪切りが幾つか浮かんでいる。

「“渦蜜”と名付けた」

大鉢と同じような瑠璃の器に小分けしてもらった。阿波橘の香気、さらさら消える旅の疲れ。口に含む。予想以上に冷たい。汲みたての井戸水を使ったのだろうか、部屋の温さとの鮮やかな対照。舌を喜ばせる酸味、その後に追ってくる甘味。身体から抜けた水気がそのまま戻ってくるような心地よさに浸る。

「橘、砂糖の他に……若干の塩を入れていますね」

「おっ、よく分かったなあ。ほんの少しだけ煎り酒も混ぜてある」

「渦蜜とは」

「鳴門の大渦な、昔っから茶を点てているように見えて仕方なかったんだよ」

「ほ……」

「この国の大名物、茶席に取り入れない訳にはいかねえよなあ」

「商人風情には思いもつかぬ雄大さ。ふふ、おみそれいたしました」

満足そうに之虎が頷く。単に名物を褒められるより、自分の発想を褒められる方が嬉しいに違いない。

「来年の夏にはまた戦だ。世話になるぜ」

「河内ですか……。畿内を転戦するのも苦労が多いことでしょう」

「なに、京も大坂も河内も似たような遊び場さあ。どこへでも行ってやろうさね」

「之虎殿は、まるで天下とじゃれあっているようですな」

「ははは、そいつは一興」

もうじき正月、人の交わりが盛んになる時候である。間違いなく堺は之虎の話題で持ちきりになるだろう。身近にこんな数寄者がいたのでは、与四郎が天下一の茶人と呼ばれるのもまだ先のことになりそうだ。

 

  *

 

永禄二年(1559年)。めでたい新春ではあるが、通夜のような重苦しさしかここにはない。

いや、思い返してみればこの十年、心から楽しむことができる正月などなかった。恐怖、失望、強がり、後悔、嫉妬。負の感情だけを味わい尽くした十年間だったとでも言おうか。

六郎も、もはやどうにもならないことは分かっているのだ。

公方は長慶と和睦し、三淵晴員たち主戦派一同は隠居してしまった。

縁戚である六角は六郎への協力を惜しまないと言ってはくれるが、江北の浅井、美濃の斎藤、伊勢の北畠、領国の家臣や国人衆など、様々な課題があり過ぎて手が回らないのが実情。

丹波を取り戻しに出陣した波多野晴通は松永長頼にこてんこてんにやられてしまった上、高熱を発して寝込んでしまっている。うわごとで妹の名を呼び続けているのが哀憫を誘うと人々は話していた。

ここ、若狭の武田家は家中が不穏な上、南から長頼、東から朝倉に睨まれていて動こうにも動けない。六郎の存在を同族争いに利用するくらいが精々だった。甲斐の武田家にも当たってみたが、北信濃への侵攻、越後の長尾景虎との睨みあいで中央に構っている暇はないといったところだ。

唯一の希望は駿河今川義元である。彼は五年もすれば軍勢と共に上洛してあるべき秩序を回復し、細川家の再興にも協力すると言ってくれている。しかし、五年先ではどうしようもなかった。目先の助けにはなれないと宣告されているのと同じだと、しばらくしてから気づいた。

一人でいると、六郎は途端に気が小さくなる。

自分は、細川家はどうなってしまうのか。

昭元と名乗っているらしい、我が息子は息災だろうか。憎き氏綱めが軟禁されているのは構わないが、昭元も同じような目に遭っているのではないか。

怯懦だと世間に侮られようとも、悪い想像をするだけで我を忘れてしまうのはどうしようもなかった。

「和睦……和睦じゃと……! 細川家を簒奪した長慶に頭を下げよと言うのか、糞、糞!」

文机を蹴り飛ばす。筆や墨が散乱して畳を汚したが、そんなことは六郎の知ったことではない。

「天下に君臨した細川家の意地があるわ、意地がな!」

襖に爪を立てて破いた。六郎のために武田が呼び寄せた絵師が描いた唐獅子が無残な姿になる。

「義輝の腰抜けめ、義賢の役立たずめ!」

正月飾りの餅をぶん殴る。

「固あ!」

変な音がして、右の拳を酷く痛めた。

それで、ようやく我に返った。だが、手と同じ右側の鼻穴から血が滴ってくる。

「殿!」

慌てて香西元成が入ってきた。残ったまともな家臣はこの猪武者くらいである。

「……大事ない。紙を、紙をな」

鼻血がよく出ることから止め方も心得ていた。寝転んで鼻をつまんでいればそのうち治まる。

「宗渭からの便りはあったか」

仰向けのまま、鼻声で報告を求める。

「は。まずは三好長逸の預かりになった模様。見張りがついているため大胆な行動は難しいようですが」

「三好家の様子は」

「……悪くない、と」

宗渭の放出は、六郎が生き残るための最後の手段だった。万策尽きた時の命綱を準備せねばならぬ。これは、残った元成も含めた全員の総意だった。無論、宗渭の弟の為三を人質に取ってはいるが。

「殿。繰り返しにはなりますが、わしが死ねば、遠慮のう宗渭を頼ってくだされ」

「もう、他に手立ては残っていないか」

「残っておりませぬ」

「そうか……うっ」

鼻血が喉に逆流してきて、口から血を吹き上げた。元成が六郎の上半身を起こし、背中を軽く叩く。

「おいたわしや」

「ぐっ、あ、はあはあ」

いつもより血の量が多い気がする。執念が血の気を呼び寄せるのだろうか。日頃と異なることは何でも吉祥だと、自分に言い聞かせた。

 

  *

 

正月の祝いを届けに九条邸へやって来た。まだ寒いのに、かわうそがちょろちょろ現れて長慶の足もとにまとわりつく。どうやら自分の匂いを覚えているようだ。これほど人に馴れたかわうそは珍しい。

門を潜ったところで出迎えを待っていると、急に強いつむじ風が吹いて埃を巻き上げた。驚いたかわうそが庭の方へ逃げていく。築地の内側でこんな風が吹くのは奇妙だった。

「ほほほ……どうです」

館の中から九条稙通が声をかけてきた。

「どう、とは」

「いまほどの風は麻呂が呼び寄せたものです……ふふ、ふふふ。飯綱の法、完成に近づいてますやろ」

「……」

「驚いて声もよう出さへんみたいですな」

「もう一度、見せていただけないでしょうか」

「えっ……」

「……」

「ん、ん。やめときましょ、神通力を使いすぎたらくたびれてしまいます」

「……では。上がっても、よろしいでしょうか」

「もちろん。ようおこしやす」

 

三好家や本願寺などの支援もあって、稙通の暮らしぶりは随分改善しているようだった。

「尚子殿がいなくなって寂しくはありませぬか」

「麻呂には源氏物語があります」

「……確かに」

同じように古典を精読していても長慶とは少し違う。独り身の辛さなどには無縁のようだ。

「それに、十河殿はようやってくれます。日根野の荘園も根来衆から守ってくれてるし」

「尚子殿の支えあってのことですよ」

話題は互いの近況から、様々な政治向きの話に移っていく。

稙通からは即位式の資金がまだまだ不足していることを仄めかされた。既に、三好家からは銭百貫と、警護の役目を負担することを表明してある。これを呼び水にして各地の大名や寺社に協力を要請していくことを伝えると、一応は納得したようだった。ゆったりしているように見せかけて、稙通はしたたかで誇り高い男である。彼の顔を潰すようなことは極力避けた方が賢明なのだ。

近衛前久の話題にもなった。おいおい越後の長尾景虎が都を視察しに上洛してくるが、どうやら前久はそのまま景虎に同行し、東国へ下向するつもりなのではないかという。景虎は交易などで得た莫大な銭と、剛勇で有名な越後衆の武力を有している。そこに近衛家の威光が加われば、景虎が東国の新たな盟主となることも考えられた。あの貴種は東国に自分の意のままになる王国でも築くつもりなのだろうか。

それから、キリスト教について。

「再び畿内へやってこようとしているようですな」

「嫌やなあ……性懲りもなく。長慶はんからも厳しいに言うたってくれませんやろか」

「デウスとやらの教え、一向宗法華宗をこき混ぜたようなものだと聞いていますが」

「やめてえな。どこぞの異国の神さんが唯一至高やなんて、口にするんも忌まわしい」

「これは、稙通殿のお言葉とは思えませぬ」

「なぜに」

「誰あろう、稙通殿のご先祖こそ日ノ本に仏教を広めた主導者ではありませぬか。源氏物語のかな文字だって、異国の文字を受け容れたからこそ生まれた代物でしょう」

「そんなことは承知してます。……異人や異教を帝に近づけたらいけませんのや。見知らぬものが流行ると、きまって悪疫も流行る。そうやって、古来夥しい犠牲者が出てきたんです」

「遥か昔、仏教とともに疱瘡が伝来してきた。それで、ご一族が次々と亡くなられたのでしたね」

「同じ過ちを繰り返さんための前例です。この京で軽はずみなことだけはせんといてな」

「……分かりました。朝廷や帝を守り抜くことはお約束しましょう」

堺でも、南蛮貿易から戻ってきた者はしばらく海上で様子を見てから上陸させている。未知の病魔とはそれほどに恐ろしい。だが、そうした代償や危険を呑み込まねば技術も商売も情熱も停滞してしまうのだ。

「長慶はん、あんたは恐い人や。何でもかんでも自在に変えてしまう。どんな無理筋でも長慶はんがやるとなんでか角も立たへん。都で十字や魚の紋様がはためくようになったら末法のやり直しやわ」

「ふふ。よくキリスト教のことを調べておいでではありませぬか」

「ザビエルやらいう異人が来た時、色々と話を集めましたんや」

「ほう、初耳でした」

「調べて、調べて、調べて……見送るんが、公家の心得いうものです」

「ふ。ならば、考えて、考えて、考えて……選択することが、私の使命でしょうな」

ああ菩薩様には敵わんと、稙通が扇で顔を隠した。はぐらかし方にも品があるのはさすがである。

 

続く